ペンギンに
さよならをいう方法
ヘイゼル・プライア
スコットランドに暮らすヴェロニカ・マクリーディは86歳。
ほんのちょっぴり物忘れの兆候はあるけれど(本人は全否定)、いたって元気。
とは言えそろそろ自分が死んだ後のことを考えねばと、遺産の譲り先について考え始めた。
ある日、ネイチャー系のテレビ番組でペンギンの特集を目にしたヴェロニカは、アデリーペンギンの研究プロジェクトが資金難に陥っていることを知る。
それ以来ペンギンのことが気にかかっているヴェロニカ。
ペンギンは遺産を送る相手として相応しいのか?
自分の目で確かめようと、ヴェロニカは南極ロケット島で活動しているアデリーペンギンの研究基地へ単身乗り込んでいく。
次回は一年のまとめをしようかと思っているので、本の紹介は今年最後です。
この時期にぴったりのハートウォーミングストーリー。
そして私の大好きなスーパーおばあちゃんもの!
私にとって、スーパーおばあちゃんランキング不滅の殿堂入りは、おばちゃまシリーズのミセス・ポリファックスで決まり。
ワニ町シリーズのアイダ・ベル、木曜殺人クラブシリーズのエリザベスと続く。皆、共通しているのは、いくつになっても自分の力で人生を進めていこうとするところ。
あと全員スパイ経験あり。それは偶然だけど。
見習うべき点であり、自分も数十年後にはこうなりたいという願望でもあります。
さて、今作の主人公ヴェロニカも負けず劣らず大胆なスーパーおばあちゃん。
何たって単身南極まで行っちゃうんだから、到底真似できる気がしない。
ただし、残念ながらスパイではない。
そんな破天荒ばあちゃんの奇天烈冒険譚かと思いきや、そう単純な話ではなく、『三つ編み』や『川が流れるように』に通じる女性の生き方の物語でもあった。
あらすじや物語の入りはコメディかな?と思わせておいて、深い人間ドラマが展開していくメリハリがうまい。
かといってウェットになり過ぎず、軽快に物語が進んでいくのが良い。
一年の最後に相応しい素敵な物語で、今年のベスト本上位に食い込んできたぞ。
ミセス・ポリファックスが、誰にでも好かれるような陽気で気の良い老婦人であるのに対し、ヴェロニカは、自らも自嘲しているが、誰からも嫌われるような頑固で冷たい老婆として登場する。
しかし物語が進んでいく中で、ヴェロニカの人生が徐々に明かされてくると、その固く冷たい仮面は自分の心を守るための鎧だったことがわかってくる。
全くの偶然だけど、ヴェロニカと『川が流れるように』の主人公ヴィクトリアは年齢も近く、似たような経験をしている。
多感な少女時代に、戦争により大切なものを失うことはどれ程つらかっただろう。
簡単に一般化できることではないれけど、この世代だからこその女性の生きづらさが確かにあったんだと思う。
南極でアデリーペンギンと接するうちに、ヴェロニカの心境に変化が生じていく。
特に、親鳥とはぐれて衰弱していた一羽のヒナがヴェロニカの人生を変えていく。
始めヴェロニカが滞在する研究基地の研究員たちは、野生生物に積極的に介入すべきでないと猛反対するが、ヴェロニカは譲らない。
ヒナを基地に連れ帰り愛情深く世話をするうちに、ヴェロニカはこれまで心の底に押し殺して来た感情を解放していく。
ヴェロニカの熱意に押されるように、他の研究員たちもヒナを受け入れていく。
野生生物に人間がどこまで介入すべきかという問題はとてもデリケートで難しい。
しかし、目の前で失われそうな命に手を差し伸べる行為が間違っているはずはないと信じたい。
何よりピップと名付けられたヒナの愛らしさにやられてしまう。
文字で読んでいるだけなのに、ふわふわのヒナがちょこまか動き回る様子が目に浮かぶよう。
私のイチ押しは巨大キウイ🥝ことキングペンギンのヒナなんだけど、ピップに一瞬心移りしたことを白状する。
実は、物語の中でヴェロニカの心を溶かす出会いがもうひとつあって、そこも大きな読みどころではあるのだが、どんどん長くなってしまいそうなので割愛。
ぜひ実際に読んで頂きたいところ。
色々な感情が沸き起こる物語だったけど、ヴェロニカの冒険を通じて思ったこと。
子どもの頃は、大人になれば何か芯の通った確固たる人生を歩めると思っていた。
今やそれなりの歳の大人になってみたけど、相変わらず茫漠とした不安に包まれるように生きている気がしている。
そんな今では、80とか90とかそれなりの年齢まで生きることができれば、怖いものなしになれるんじゃないかと期待している。
残りの人生はボーナスステージ的な。
でもヴェロニカの姿を見ていると、たとえいくつになったとしても不安や喪失の痛みは消えなくて、それでもどうにか生きていかないといけないんだなと感じた。
だからといって別にこの先の人生に失望するわけではなく、かといって諦めるわけでもなく、ジタバタしながらも進むしかないと背中を押してもらえたような感じ。
うまく言えないけど。
さて、諸々の事情で南極での滞在が長引くことになったが、最終的にヴェロニカはスコットランドの我が家へ帰ることにする。
当然、目の中に入れても痛くないピップともお別れ。
ヴェロニカの年齢を考えると再び南極を訪れることは難しく、ここでさよならしたらもう二度と会うことはないのは明らか。
それがわかっていてもヴェロニカの決意は固く、そして最後まで毅然としている。
このシーンはつらいけどどこか美しい。
ヴェロニカよりも先に私が泣いていたよ。
しかし帰国した後のヴェロニカには、ピップに負けず劣らず思いを寄せられそうな存在ができるという優しい展開が待っている。
この辺りは次作への伏線かなと思って、楽しみにしている。
実は原書ではあと2作品が既に刊行されているそうだ。
ぜひぜひ続けて翻訳して欲しいので、このブログでこの作品が少しでも多くの人の目に止まることを願っている。
野生動物保護についてずっと関心を持ってきたので、ヴェロニカがペンギンに遺産を残そうと思い立った気持ちには共感できた。
私が死んだところで果たして幾許のものが遺せるのか甚だ心許ないという問題はあるけど、心意気だけはヴェロニカに負けてはいられないと思った。
応援したい動物がたくさんいるので、ヴェロニカ方式を採用すると世界一周しないといけなくなりそうだ。
まずは北極にホッキョクグマを見に行かないと。
【書誌情報】
『ペンギンにさよならをいう方法』
ヘイゼル・プライア
圷香織訳
東京創元社、2025(原著2020)