令和3年(2021)1月16日参拝
許禰神社
きねじんじゃ
御祭神
速玉男命
伊弉冉命
事解男命
御由緒
遠江では平治元年(1159年)以後、しばしば熊野新宮を造営する費用を賄うための国に指定されたため、多数の熊野神社が建てられました。
袋井市域でも、土橋に熊野権現社、松袋井に熊野十二社神社が現在でも祀られていることから、古代末期より和歌山県の熊野山と大変深い関係があったと考えられています。
木原の許禰神社は、かつては木原権現社と呼ばれ、古代末期に創建されたと考えられています。
木原権現社の神主をつとめた木原家には「木原権現由来記」という巻物が遺されており、「ある日、木原の子供に熊野の神が乗り移り、この地に熊野の神を祀れば洪水を防ぎ、穀物の実りを豊かにするとお告げをし、天災に苦しむ村人が早速祀ったのが木原権現社の由来」と記されています。
また、この地は木原畷(きはらなわて)と呼ばれる戦国時代の古戦場でもあります。
1572年、武田軍と徳川方の久野氏とが一戦交えており、徳川家康が武田信玄に敗北した三方ヶ原の合戦の前哨戦であったともいわれています。
御朱印は祭典などの行事の際、
どなたかいらっしゃれば
頂けるようです。
許禰神社
鎮座地
静岡県袋井市木原278-1