引退ブログ

「優しい人間になる」

中西 芽衣

 

コミュニティ福祉学部スポーツウエルネス学科4年の中西芽衣です。
今年度は体育会サッカー部の女子チームとして正式に認められ、チームにとって大きな変化の年でした。
体育会参入に尽力してくださった皆様、女子チームを応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。
早速本文に入りたいと思います。


『優しい人間になる』

昔から、自分の中で何かビビッとくるものがあると、衝動的に行動してしまうことがある。
大学2年生の時、サッカーを始めたこともそう。

立教に初の女子サッカーチームができたことを知り、練習に参加させてもらった後すぐに入部を決めた。


最初は自分が成長していくのが実感できて楽しかった。
でもそれは最初だけだった。

これはあまり有名な話ではないが、実は私は超絶ネガティブで根暗な人間である。
今思うと笑ってしまうほど諦めが早すぎるのだが、サッカーを初めて数ヶ月で、もうこれ以上上手くなることはできないなって本気で思ってしまった。自分で自分の限界を決めてしまっていた。


そんな中、両足のシンスプリントが悪化して、1ヶ月ほど練習を離脱した。
もうこのまま選手をやめようかなって思った。逃げたかった。

当時主将の穂乃花さんと同期の藍海にそのことを打ち明けた。
「めいがいなくなったら他の初心者のメンバーはキツいと思うよ。」
2人はそんなことを言ってくれた。

自分がこのチームで頑張る意味に初めて気付いた。そして今まで自分のことしか考えてなかったことを反省した。他のメンバーが頑張ってるのに自分だけ逃げるわけにはいかないって思った。
この言葉があったから最後までサッカーを続けられたと思う。


最後の年、正式にコーチとして水島コーチが指導してくださった。
練習は今までよりずっとキツかったけど、必死に食らいついた。

関カレではベンチにいることが多くて悔しかった。自分のチームメイトがピッチで輝いてる姿が眩しかった。

一番心に残っているのは関カレ山梨大戦、水島コーチに、いつも練習で良いプレーしてるから自信持って行ってこいって言われて、後半のラスト出させてもらった。
泣きそうなくらい嬉しかった。試合に出られる有り難さを知った。

ベンチにいた後輩たちに、頑張ってください!って言われた。
多分、その時ベンチにいたメンバーは死ぬほど悔しかったと思う。私も試合に出られない悔しさを知ってるから。

だから、少しでも試合に出させてもらえた時は自分の出せる全ての力を出せるように頑張った。最終的に結果は出せなかったけど。



サッカーを通して、「自分の弱さ」と向き合ったことは大きな成長だった。

サッカーを始めるまでここまで何かに真剣に向き合ったことなかったから、自分の本当の弱さというものを知らなかったんだと思う。

自分の弱さと向き合うことは本当に苦しい。
でも、弱さと向き合えば向き合うほど、優しい人間になれると私は思う。時には逃げることも悪いことではないけど。
自分の弱さを知ることで、相手の持つ痛みや苦しみを想像することができるようになるんじゃないかって。
(人の痛みは本人にしか分からないから"想像"することしかできないのは寂しいが)

それって頭が良いとか、運動の能力が優れてるとか、仕事がデキるとかよりも、人間にとってなによりも大切なことだと思う。
多分、選手を辞めようとしていたあの時、自分の弱さと向き合うことをやめていたら気づけなかったのだろう。

欲を言えばサッカーももっと上手くなりたかったなぁ。


サッカーを始めたのは直感だったけど、その直感は間違いじゃなかったって自信を持って言える。

サッカーを通じて出会った仲間には本当に感謝しかない。
頑張っているみんなを見てたくさん刺激を受けた。みんながいたから濃い3年間になった。最後までサッカーができた。
本当に本当に本当にありがとう。



最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
優しい人間になるためにこれからも進み続けます。