携帯電話を新しいのに変えてしばし満足。アンド安堵落ち着き。ふう。
新しいものに出会うといのはなんにしても、すっごく気分のよいことで、
パーっ
とはじける感じと緊張感があたしのちっちゃな胸の内を駆け回っていて
とっても窮屈でしんどい事ではあるものの、
今後のあたしの状態を受け入れる体制になるため、
あたし自身も多少は冷静になれるよう努力しようと心がけるも、
それって大抵未遂に終わることしばしば。
何も知らないあなたのことと、まだ何も知らないあたしの新し携帯電話。
何かがどうにかなっているらしく、もうそりゃリンクの嵐。
繋がる繋がる。 ぴー。ぽち。ぴー。ぽち。
唯一 一つだけ異なることは…
あたしの私物であるか否かという現実。
どちらにしても現実は現実なのだけれども、可能か不可能かという
ハードルは自分で思うよりもとてつもなく高いんだろーな……
知らないものをそのまんまにするという選択肢もあると言われれば
あるので、あたしにだってその可能性はあるのだけれども、
どーもそういう訳にもいかず、多少の必然性を感じつつも
新しい携帯電話を上から下までじっくりじっくり。
ひっくり返したり開いたりしながら再度じっくりじっくり。
ふむ、たいていどこの携帯でも ある程度のしくみというのは
同じ感じになっていると思われるので、基本的操作というのは
思っていたまんまであり、
ではでは、ここの時点で留まっていれば良いかという
のがあたしのあたしなりの見解であって、それ以上の機能を
駆使しようという気持ちにどうしてもならないのがどーも不思議。。
それって、それって、
あたしの場合に限るお話なのかも知れないのだけれども、
人 間 に対してだって言えるんじゃないのかなとちらほら。
見た目や行動等である程度の情報を感知できちゃったりして、
あたしはその限られた情報を真っ向から受け止めることにしちゃって
内と外
というものがこの世に存在することさえも忘れて
その一つ一つにあーだこーだと夢中になったりして、
そういうあたし自身をこんな所で全面的に認めてみたりしていると
必然というべき感じで
その熱い視線を一つへ向かって送る生活へと変化している
ということもしばしばあって、その場でやめておけと自分を慰める勇気も
力もなく、ただそこには自分を超越したあたしであるようなないような
勘違い女子がたった一人で踏ん張るその姿。
いつまで頑張れるとかいつまでそのふっとい足を突っ込みまくるのかは
本人にさえも分からずこれは参った。参るべきこと。
深入りすると良いとか良くないとか、そういう根本的解決がしたいわけ
でもないのだけれども、どうしても自分の言動に自信が持てず、
持てるはずもなく、ただひたすら日々は急ぎ進み進んでもう見えない。
待ってと声かけする暇もないような、既に置いてけぼりなような
置いてけぼり感丸出し。