前回のお話
最初から
2月・・・・・・
激動の年明けから一か月が経ちました。
一年のうちの一か月があっと言う間に経過したのでした。
せっかく購入した自転車は、井川さんの不評でがっかりでしたが、私は前向きに考える方でしたので、いつか活躍してくれるだろうと思うことにしました。
1月の終わりに、妹の受験で神戸に来ていた井川さんと逢いたくて、「来なくていいで~」と言う彼女の言葉を聞き入れず、私はいつものようにジムニーで高速を走り向かうのでした。
それでも到着すると、井川さんは温かく迎えてくれるのでした。
最近・・・心通じ合う二人・・・
私はカラオケを自ら好んで行く方ではないのですが、その日は歌うことになります。
井川さんは、中島みゆきさんの「悪女」、小林麻美さんの「雨音はショパンの調べ」を唄っていました。
私は・・・・サザンの「夏をあきらめて」や「いとしのエリー」に石原裕次郎さんの「夜霧よ今夜もありがとう」です。
なんだか恥ずかしいのですが、それでも楽しい時間でした。
翌日は六甲山に行きました。
牧場でゆっくりできます。
一緒に牧場を歩いていると、なんだか最近、井川さんが私をどんどん好きになってくれているようで、とても幸せでした。
彼女のためにがんばろう・・・・と思うのです。
「ご両親に挨拶しなくてはならないね」
と言う私の問いかけに
「そうでぇ~ いつ来るん?」
井川さんは腕をつかみ、私の顔を覗き込むように見上げるのでした。
2月中旬には、井川さんが名古屋に来てくれました。
寮で3日間過ごします。
マンションの別の部屋に住む同僚と交えてテレビゲームしたり・・・・
名古屋名物?ベトコンラーメンを食べに行ったり!
あ!
ベトコンラーメンは私の大好物なのです。
にんにくと野菜を七味たっぷりで炒めた物が上にのる醤油ラーメンです。
五目ベトコン(五目野菜に、イカゲソや唐辛子で炒めた物が上にのります)も大好物でした。
今は亡き、新京(ベトコンラーメン)の親父さんが話してくれました。
ベトコンラーメンの由来は、その名のとおり、ベトコン(南ベトナム解放民族戦線)の勇敢なイメージということでした。地下に穴を掘り、何ヶ月もこもってアメリカ軍を苦しめた、その根性をイメージしたとのこと。
確かに、丸ごとのにんにくがゴロゴロ入いるベトコンラーメンは、食べるとパワー全開です!
しかし、ベトコンの言い方と、意味を問いただされることがあり、今では、ベストコンデションラーメンに由来を変更している・・・・・・と
そんなラーメンを二人で食べました。
私はお洒落ではなく、気の利いたレストランなどに行かなかった。
井川さんの教えてくれるお店には向かいましたが、高級料理店とは無縁だったのです。
デートが立ち食いうどんや、ラーメンではがっかりするかとも思いましたが、タマには、本当にたまですが、少しだけ雰囲気の良いレストランにも行きましたので、許してもらえたのかも・・・・・・
時々思い出しました。
井川さんが、前の彼と別れた時の話で・・・・・
「竹ちくわとポテトチップの昼食だじょー」と怒っていたことを・・・・・・・
それが・・・・・立ち食いうどんとラーメンに昇格では・・・・・・・
しかし、井川さんに不満を感じることは一切ありませんでした。
庶民派感覚に馴染んでくれていたのか・・・・・・
2月も後半に入ると、いよいよ井川さんのご両親にご挨拶する日程が決まります。
3月11日でした。
最初にお父さんの弟さんに会って欲しいと頼まれます。
お父さんは、私といきなり会うのが嫌らしいのです。
私の心に暗雲が広がるのでした。
心のひきだしNO.42 につづく