7月の和光市民オペラ『愛の妙薬』にご来場頂いた皆さま、ありがとうございました。


今回は、久々に押し入れから引っ張り出してきたトランペットを汗かきベソかき、なんとか演奏することができましたf^_^; その他、自分自身の勉強のために稽古の下振りをさせて頂いていたのですが、指揮の鳴海先生が稽古のたんびに振らせて下さったおかげで、大変貴重な勉強をさせて頂きましたm(._.)m コーラス・ソリスト・ピアニストの皆さまから、温かくも心配と不安の入り混じった視線を頂きながら…結局最後まできちんと振れなかった箇所があり、共演者の皆さまにはいろいろとご迷惑をおかけしました。


愛の妙薬は、主要キャストとして舞台経験がなかったため、正直なところ作品自体にさほど思い入れがありませんでした(←コレもこれでどうかと思いますが)。しかしながら音楽スタッフとして稽古を観察していますと、ストーリーや各キャラクターに始まり、ドニゼッティや作曲された背景、演出、舞台技術、歌手・ピアニスト・マエストロの息遣いまで、広く興味を持つきっかけとなりました。「そんなこと知らなかったんかワレ~っ!?」と怒られそうなごく当たり前のことも、それはもうたくさん…。


事あるごとに思うのですが、自分にとって今馴染みが薄かったり縁遠い作品というのは、たいてい知識や実体験に乏しく、魅力を感じるに至っていないことがほとんどなのだと思います。学生時分に訪れたドニゼッティの墓地やウィーンで観劇した愛の妙薬も、当時のお上りさんにはなんとも勿体ない経験だったようで…。まぁ、当たり前といえば当たり前のことなのですが、愛の妙薬しかりマーラー8番しかり、やってみたら意外といいモノだったという経験が最近多いのです。


昨年末から今年にかけて、馴染みのなかったフランス・バロック・オペラに取り組んだ時などは気力・体力が余計に必要で、ある程度事情がわかって魅力を感じるまでに相当な時間を要しましたが、根気強く指導して下さった先生方のおかげで今となっては大変大切な作品になりました。


以前、あるバリトン歌手の方がインタビューの際におっしゃっていたことが今でも印象に残っています。その昔彼はヘビーメタルを志していたそうですが、『ヘビメタもオペラも入口は極めて狭いが、一度門をくぐると壮大な世界が広がっています。皆さまぜひ劇場に足をお運び下さい』と。イタリア・オペラばかりを好んで勉強してきた自分の周りにも、未知の世界への入口が無数にぽっかり穴を空けて手招きしているのが目に浮かんできますね。


最後に話は飛びますが、ぼくはこのバリトン歌手の方を密かにいたく敬愛しているのですが、数年前この方がイタリアから帰国され日本でのキャリアをスタートされた時期に、幸運にも共演させて頂く機会に恵まれました。KYなほどクソ真面目に稽古に取り組んでおられる姿がとても印象的でした。既に目と耳の肥えたお客様にはもちろん、先の言葉のように、これからオペラに興味を持たれる未来のお客様が勇気を持ってオペラの門扉を開けて下さったとき、歪みのないオペラの姿をお見せしなくてはなりません。とりわけ稽古場においてもそういう信念を持った場にしていくべきだと思います。僕が言うのもなんなのですが、今回の和光市民オペラの皆さんは総じて、ブッファに取り組む姿が真剣そのもの。大変マジメで気持ちのよい現場でした。公演の評価はお客様にお任せするとして、そういう姿勢がきちんと伝わった公演となったのではないでしょうかグッド!キラキラ
『愛の妙薬』の登場人物は総じて愉快で魅力的だと思うのですが、これまでにご縁のあった演奏家や演出家のみなさまのご意見や、録音や映像を参照してみると、人それぞれ作品の捉え方はさまざまだなぁと感じます。


例えばアディーナ。アディーナさんは裕福な大地主の娘で、気まぐれだけれど頭が良くって、本を読んでも絵になっちゃう才色兼備タイプ。普段から村人に囲まれ、ネモリーノさんやベルコーレさんに求愛されたりなんかして皆の注目の的なのです。


皆さんはアディーナにはどんな声色のイメージをお持ちでしょうか。もちろんこれが正解といったものはないと思いますが、巷のご意見番は以下のようにおっしゃっています。


●抒情的なメロディと、超絶技巧ではないがコロラトゥーラのテクニックが要求されているので、それに答えられるリリコが理想なのであーる。

●そうは言っても声質的にはレッジェーロ寄りが担当すべき。視覚的にはともかくデウ゛ィーアの歌唱が1番なのぢゃ!


浅学ながら調べてみると、当時のオペラにおいて大衆的喜劇作品というものはそれほど重要視されておらず、ドニゼッティのオペラ・ブッファも例外ではなかったようです。『愛の妙薬』は、カノッビアーナ劇場初演時、二流とされる歌手が出演するプロダクションのために作曲されたということもあり、アリアらしいアリアを持たないこのヒロイン役もまた、当時の大歌手を満足させるには至らなかったようなのです。


スカラ座の初演においては、マリア・マリブラン(1808-1836 ソプラノからコントラルトの声域をカバーし、ドラマチックな声と演技を武器にベルカントオペラで活躍したメゾソプラノ。ベッリーニにも大変気に入られ、『清教徒』をメゾソプラノ用の歌曲に書き直したり、彼女のためのオペラを書くことを約束したほど。)という大プリマが歌ったそうですが、2幕のアリアを別の作曲家の技巧的なものに差し替えたのだそうです。


『愛の妙薬』のアディーナ役は、少々受難の時を過ごしながらも時代とともに再評価され、20世紀においてはバトルやブレーゲンなどのレッジェーロ系の歌手や、フレーニ、スコットなどのソプラノ・リリコによって、伝統的なカットはあるもののアリアはそのままの形で歌唱されています。


さて、周囲のソプラノの方々によるとアディーナという役、いざ歌い演じるとなるとなかなか厄介な役どころらしいのです。というのも、アディーナはドラマの中でネモリーノよりも前面に描き出されることはないし、プリモ・ソプラノ役でありながら声楽的に超絶技巧があってモノすんごく難しいというわけでもない、ということがひとつの理由のようです。大プリマがこの役を最重要レパートリーに加えなかったという話に、大いに関係してくるような気がします。


なるほど、演技的・音楽的にネモリーノほどスポットが当たらないにも拘わらず、気まぐれな女性の心境が移り変わっていく様子を表現するのは確かに容易ではないだろうと想像します。しかしながら、この作品の本流はやはりアディーナの心の変化だと僕は考えます。決して蔑ろにされる役ではなく、劇中においてむしろ積極的に光を当てるべき存在だろうと思います。往年のソプラノたちによって育て上げられた大変魅力的なレパートリーであるこのアディーナ役を、ネモリーノ役と同じくこれからも応援していきたいと思ふ今日このごろです。(なんのこっちゃ。)
週末、母の一周忌法要のため松本に帰省しましたら、あがたの森でクラフトフェアが開催されているとのことで、約5年ぶりに覗いてきました。高校で同級の陶芸家・田中一光(かずみつ)君が運営に携わっているため、久々の再会も兼ねて訪ねました。


今回は1500通という募集の中から約260組の作り手が選出されたとのことで、今年もあがたの森にところ狭しとテントがひしめき合っていました。来場者は各ブースの作品を眺めたり手に取ることはもちろん、作家の方とおしゃべりしたり作品の撮影をしたりと、思い思いの愉しみ方が出来るのがうれしいですね(^_^)


田中君は以前、松本のリサイタルやコンサートに何度もオブジェを提供して下さり、当日の舞台とエントランスは彼の花器と生花で彩られました。それらの花器は、越冬ののち花や葉になる、植物の《冬芽》(ふゆめ・とうが)をモチーフに作製され、あたかも植物のような、はたまた人間のような造形。赤ん坊や向きによっては猿の顔にも似た表情を浮かべた、高さ40㎝ほどのなんとも愛らしい花器たちに囲まれ、おかげで目にも和やかな会を開くことができたのです。


さて、今の彼はというと青色をモチーフとした普段使いの食器をせっせと作製しています。《青の主題による変奏曲》と題してスタートした制作が、ただいま<第3変奏>に突入し、以前の鮮烈な青色から転じて淡い青や茶系の器が並んでいました。


彼の在京時代から今までの作風の変遷が友人としてもけっこう興味深く、工房でまたゆっくり作り手の話を聞きたいなぁと思いつつ、あずさ76号にゆられて新宿に戻ってきましたとさ。


ご興味ある方は実際の工房を訪れてみて下さいね。なんと彼自身が設計し、彼自身の手で建てられた工房です。…驚きです…!


田中一光製陶所のブログ
http://mblog.excite.co.jp/user/tanakaikko/

今日撮影させてもらった彼のブースの写真。
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