[SADA〜戯作阿部定の生涯] | 力道の映画ブログ&小説・シナリオ

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大林宣彦監督・撮影台本・編集。西澤裕子原作・脚本。坂本典隆撮影。學草太郎音楽。98年、松竹配給。

スカパー衛星劇場の録画にて鑑賞。第48回ベルリン国際映画祭批評家連盟賞。戦後日本を震撼させた阿部定事件を大林宣彦監督が映画化した作品。

この事件の映画化で有名な作品は物議を醸した大島渚監督の[愛のコリーダ]があるが、エロスと情念を描いた傑作だっただけに、本作はかなり落ちる。まず、阿部定を演じた黒木瞳に常軌を逸した狂気と情念を全く感じることができなかった。彼女は森田芳光監督の[失楽園]で堂々とヌードを披露し、究極の男女を演じてみせた女優なのだが、本作では情婦役しかも、ほとんどが濡れ場の映画になるわけだから、脱がないのはあり得ない。大林は自己の世界観に拘り、前半はギミック的な世界を構築、これはと思わせるが、途中からただの男女の情念を描いた映画になってしまい、大林ワールドになりきっていない。これはやはり題材が彼に合っていないとしかいいようがない。

1919年夏。14歳の定(黒木瞳)は、慶応ボーイの斉藤(池内万作)に旅館に連れ込まれ、処女を失う。ひどい痛みと出血に泣きじゃくる定。そんな彼女を介抱してくれたのは、同じ慶応ボーイで医学生の岡田(椎名桔平)であった。優しい岡田に定は想いを寄せるが、岡田は定を一度も抱くことなくハンセン死病で彼女の前から姿を消しす。その後、定は1923年、義兄・滝口(嶋田久作)の紹介で芸者置屋の門を潜る。神田の畳屋の末っ子として生まれた定は、三味線や歌に秀で、売れっ子となる。時は流れ、あちこちの遊郭を転々とした定・29歳の時。政府外郭団体の大物・宮崎の妾宅に暮らしていた彼女は、名古屋市議会議員の立花(ベンガル)を紹介され、彼の愛人となる。立花の寵愛をうけ、安定した生活を送るようになる。埼玉に住む両親にも孝行が出来るようになった彼女であったが、しかし気がかりなのは岡田の行方だ。そこで、立花に無理を言って岡田の行方を探して貰うが、岡田はハンセン病で瀬戸内海のある島に隔離され、生死も定かでないことが判明する。1936年、31歳になった定は、立花の薦めで料亭「きく本」に見習いへ出る。ところが、彼女は店の主人・喜久本龍蔵(片岡鶴太郎)といい仲になってしまうのである。龍蔵との濃密な情交に溺れいき…。

岡田の形見に貰ったメスが最期の行為に繋がる。大林はこの狂気を含んだ修羅場を、残された阿部定本人と取り押さえた警官が微笑みさを浮かべている写真に着目して、その場面を定の回想で描いいく。それはひたすらに洗練美しい映像に仕上げてしまっている。観ている側からすると、心理描写も曖昧で、しかもふたりの究極な愛の情念を再現できていない。エロスを感じさせるとすれば黒木の足なのだろうが、タランティーノのような足フェチが撮った映像のように、ワンカットで象徴できるほどの上手い撮り方ができていないさ。大体、彼女の足はそこまでのエロスを感じさせるものではなく、中途半端に終わっている。ひとつ秀逸な場面は小道具としてのドーナツの使い方で、阿部定がひとり待たされる場面で、それを巧みに使い、定の自慰好意を見る側に想起させる。

全体的にこの事件は美しく描くより、大島のような描き方の方が伝わる。