和也の父親の診療所は 駅から延びる商店街の脇道を入ったところ、こじんまりした公園の隣に これまた こじんまりと建っていた。
和也の父親は もともと静かな人で、いつもニコニコしている印象だった。母親のように干渉してくることはなかったが、積極的に子育てに関わろうとするタイプでもなく、良くも悪くも存在感の薄い人だった。
嫌いじゃない。でも 取り立てて好きになるエピソードもない。そんな感じだ。
和也は そんな父親の近況を人づてに聞く。。。
ある日の昼休憩、弁当を頬張りながら雅紀が言った。
『二宮先生さぁ、訪問診療、本格的にやりたいみたいよ?』
――へぇ。そうなんだ。。。
牛乳パックのストローをくわえていた和也は 目で頷いた。
雅紀は おチビの頃にケガを治療してもらってから、二宮医院をかかりつけにしている。
『なに まーくん、うちの父親とそんな話してんの?』
『いや、その、ほら 看護師さん居るでしょ?横山さん。』
和也は、医院で長く働いている 人懐こいおばちゃん看護師の顔を思い浮かべた。
『あ、え? 横山って…?』
『あれれ?知らなかったの? 候(きみ)ちゃんのお母さんだよ。うん、そう。主に候ちゃんのお母さんから聞いたんだけどね(笑)』
"候ちゃん" とは、雅紀が付き合っている 憎っくき?彼女だ。
普段は平静を装っている和也だが、さすがに雅紀本人の口から彼女の名前が出るとへこむ。
『今は火曜日と金曜日の午後に往診してるけど、訪問診療を必要としている人はもっと多いんだって。オレらの町にも お年寄りが大勢居るし。でも、診療所に通ってる人たちも見放せないじゃん? だから 先生もお仕事が増えるばっかりで大変みたいだよ。』
雅紀は、いただき♡ と、和也の手から牛乳パックを奪い取り チューっと1口飲んだ。『サンキュ♡』
返された牛乳パック。。。目の前のストローに自分が口をつけていいのかどうか…
耳が赤くなっているのが分かった。
心臓がバクバク言って 手が震えた。
///…ごくん。
こんなことに緊張して興奮するなんて、我ながら変態だ💧と思いつつも、再び口に含んだ牛乳は、ちょっとだけ甘く感じた。
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二宮医院の傍らの小さな公園前に デイケアのバスが停まった。職員に手を引かれ 小さなおばあちゃんがバスを降りた。
候ちゃんがおばあちゃんと手を繋いだ。雅紀はおばあちゃんの空いている方の手を繋いだ。
公園の生垣の小さな白い花は満開で、枝も幹もふわふわに白く見えた。
『あの花…なんて花だっけかな?』雅紀が呟いた。
おばあちゃんは一瞬 おばあちゃんの顔をして遠くを見るように目を細めた。
『卯の花…卯の花というんですよ。』
そして 雅紀を振り返ると、少女のように笑いかけた。
『まーちゃん♡ 』
侯ちゃんがくすくす笑いながら
『"まーちゃん”って おばあちゃんが小さい頃に 戦争で亡くなった 年の離れたお兄ちゃんなの。』と返した。
『そっか。じゃぁ おばあちゃんの名前は早苗だから…えっちゃんだね!』
『さーちゃんじゃないんだ~(笑)』
おばあちゃんは 雅紀とつないだ手にきゅっと力を込めた。
3人は並んで またぺたぺたと商店街を歩きだした。
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試験週間に入り、放課後の部活動のない週末。
雅紀は 一緒に試験勉強をするため候ちゃんの家に来ていた。
候ちゃんの父親はずっと前に病気で亡くなっていたので、母親が看護師として生計を立てていた。
幼い候ちゃんの面倒はおばあちゃんがみていた。候ちゃんは優しいおばあちゃんが大好きだった。
数年前からおばあちゃんに物忘れの症状が発症した。そしておばあちゃんの時間は退行していき 分かることがどんどん減っていった。
二宮医院が往診を始めた火曜日と金曜日は 母親の帰りが少し遅くなるため、候ちゃんが早めに帰り デイケアから帰ってくるおばあちゃんを迎えていた。
『今度は私がおばあちゃんのお世話する番なの。』
候ちゃんがおばあちゃんを見つめる眼差しは ふんわりと優しくて、雅紀は きゅんっと跳ねた心臓を押さえた。
リビングで向かい合い、数学の問題を解いている。
奥の和室でおばあちゃんが眠っていた。
時間が止まったように感じた。候ちゃんがただ愛おしくて、うっとりと見つめた。気づいた候ちゃんが数学の問題から目を上げたのと、雅紀が唇をそっと重ねたのは同時だった。
『あっ!ごめん!そんなスケベ心じゃなくて…可愛いからつい!いや、それがスケベ心か?? も、もうホントごめん!!』
候ちゃんが吹き出した。
雅紀もつられて笑った。
『問題集の続き、しよっか。』
候ちゃんが頷いた。
そして再び 試験勉強を始めた2人は、
『…まーちゃん…?』
目を覚ましたおばあちゃんが ぺたぺたと家を出て行ったことに気が付けなかった。
つづく。
~おまけ~
親友の雛子と💜