cafe・OOMIYA83 暁10
cafe・OOMIYA8 (*.゚꒳゚*)(´・∀・`)暁10今日も、和也は “La vie en rose” の厨房に立っている。拓也の店は朝から光が強い。ステンレスの台も、ショーケースのガラスも、すべてが“見せるための輝き”をまとっている。『ナリ、昨日のアクセント、すごくよかったよ!』拓也が声をかける。明るく真っ直ぐな、技術者としての敬意がにじむ声だった。『今日は、こっちの仕上げも任せてみようか。』差し出されたのは、La vie en roseの看板で、店名を冠した深紅の薔薇のケーキ “La vie en rose” のレシピでだった。ニノは頷き、手を動かし始めた。─ この店の空気は、オレの技術を“解放”させる。スピードを落とす必要がない。繊細さを抑える必要もない。誰かのペースに合わせる必要もない。ただ、自分の技術をそのまま出せばいい。拓也が横で見ている。『やっぱり、ナリの絞りの線はきれいだね。』『あ、ありがとうございます。』自分の顔や耳が赤くなっているのが分かる。拓也の言葉は、昨日よりも素直に胸に入った。休憩時間。La vie en roseのバリスタが コーヒーを淹れてくれた。和也は一口飲んで、目を伏せた。美味しい。香りも、温度も、丁寧だ。でも──cafe・OOMIYAの…智のコーヒーじゃない。智のコーヒーは、オレのケーキの“余白”を拾ってくれる。甘さの角度を整えてくれる。後味のキレで、オレのケーキの印象を締めてくれる…。もちろん このコーヒーは悪くない。むしろ良いだろう。でも、和也のケーキを最高に引き上げる味ではない。その事実は軽い失望となり、澱のように沈んだ。『ナリ、どうした?』拓也が覗き込む。『いえ…コーヒー、美味しいです。』言えない言葉を飲み込み、和也は笑顔を作った。 そしてそんな和也の戸惑いに気づけないほど、拓也は 和也との 明るい未来に胸を躍らせていた。夕方、OOMIYAに戻る。扉を開けると、いつもの香りが和也を迎えてくれた。cafe・OOMIYAの変わらない空気。~♪もう来ぬ人を待つような 想いで過ぎてゆく~智が暁を口ずさんでいる。集中したいときのクセだ。和也の胸に、暖かな灯が灯った。『あ、おかえり、かず。』智が笑う。その声を聞いて 和也は気づいた。──あぁ、オレ…この店の空気に なんの抵抗もなく自然に溶け込んでいるんだ。それがとてつもなく嬉しかった。そして 自分がどれほど cafe・OOMIYAを恋しく想っていたのか、痛いほどに感じた。『今日は、どうだった?』智の問いはふうわりとしてごくいつもと何ら変わらない。『…うん。勉強になるよ。』智は頷く。追及しない。縛らない。だから和也の心がチリリと痛んだ。『無理してない?』言葉を発してしまってから、その言葉に “本当は 無理をしてLa vie en roseへ行っている。そうであってほしい。” という願いが滲んでいることに気づき、智は顔を背けた。和也は息を呑む。『別に…楽しいっすよ。』声が硬い。我がままを言って 技術研修へ行っている手前、ネガティブな言葉を口にすることは躊躇われた。これ以上言葉を繋げば 和也を縛ってしまいそうで、智は それ以上 何も言えなかった。そこで二人のことばが途切れた。つづく