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辺境の町 ヴェーマの名は、その大半を占める樹海の名前に由来する。

 

 

『どう?釣れる?』

川に糸を垂れるサトシの隣にマサキが腰を下ろした。

 

 

『大地震からこっち、釣果は散々だよ。』

サトシはもともと丸い頬を膨らませた。

 

『地震…立て続けだったもんね。』

 

『雅紀はヴェーマの領主さまだから、ホント大変だったよね。』

『まぁね。でもさ、 翔ちゃんも大ちゃんも色々手伝ってくれたからね 助かった。その節はどうも。』

 

マサキはちょっとおどけてお辞儀をしてみせた。

 

『どういたしまして。…ねぇ もしかしてさ、雅紀』

ーー抜け道のこと、誰かに話した?


 

ジャスミンに似たナツツバキの花の香がここまで漂ってきている。今頃は満開なのかもしれない。

 

ナツツバキは眷属の繋がりの強い霊木だ。

あの樹の兄弟樹が ヴェーマの森、ウダナ領側にあったっけ。

 

 

 

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"森には恐ろしい獣魔がいるからね。決して子供だけで入っちゃいけないよ。"

 

おチビの頃は 森で遊ぶことを禁じられていた。

 

しかし そんなことで冒険を諦めるマサキとサトシではなかった。人よりちょっと強い魔力を持つ2人は怖いもの知らずで、大人の目を盗んでは森に入り浸っていたのだった。

 

ある日 ナツツバキの香に誘われて、満開の大樹を見つけた。2人で見惚れていると、花の香の中に この樹の放つものとは別の…もう少しスパイシーな…ナツツバキの花の香が混じっていることに気が付いた。

 

『さすが雅紀は五感が鋭いなぁ。』

 

そうして2人は、クリアすべきミッションに"もう1本のナツツバキを探す こと" を設定した。

香は、樹の大きな洞(うろ)の奥から漂っていた。

 

『大ちゃん!この洞!入れるよ。ていうか、どっかに通じてるみたい?』

 

自然系の魔力に秀でたマサキは、ナツツバキの結界をこじ開けてしまったようだった。

果たして洞の向こうは…ヴェーマの樹海の対岸、ウダナの都市 ナクシャであった。

 

『この樹は、ヴェーマのナツツバキの兄弟樹だね。よく似てるよ。。。』

 

 

ナクシャのナツツバキの洞を出て樹を見上げたマサキは、愛おし気に大きな幹を抱きしめた。

 

 

『ナツツバキは眷属の絆が強いから 稀にこんなことがあるって読んだことがあるけど…実際に見るのは初めてだよ!! 

ねぇ 大ちゃん。

 

誰に見つかってもきっと碌なことになりそうにないから、オレ達で結界乗っけて誰にも分かんないようにしよう音符

 

 

『樹の結界をこじ開けた人が良く言うよ。』

 

 

――これは 2人だけの永遠の秘密だよ。

 

 

 

そう 大ちゃんと約束したんだった。

 

 

 

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『なんで そう思う?』

 

 

3年前ヴェーマを襲った地震で街は半壊した。早急な復興が望まれたが、建て直すための資金は乏しく、二次三次の被害拡大が危ぶまれた。

 

 

樹海の、ヴェーマ側の森にはイツマタやヒノスギが群生しており、町は良質な紙の生産地として名を馳せていた。

そのため本などの印刷業も盛んで、他ではなかなか無い 紙の本を数多蔵書する広大な図書館を有していた。

 

森のナクシャ側はやや標高が低くなっているせいか、水滴を纏ったような糸で巣をつくるメイデンスパイダーや艶やかな糸で繭を作るレイシャムキートの生息地となっている。

 

ナクシャは 美しい織物の町であった。

 

マサキは ナツツバキの洞を通り、自身が保有する多量の紙や本をナクシャに持ち込み、織物に換えた。

 

紙には、ミント・アナカの相場の10倍の値が付き、織物は1/10の値段で買えた。

 

雅紀は、ミント・アナカで織物を売った利益を 町の再建に充てた。

 

 

復興は順調に進んでいた。

そんなある日、マサキの元にミント・アナカの宰相・タツキがやって来たのだ。

 

 

『ヴェーマ領主 マサキ殿。度重なる災害のあと 短期間でよくここまで町を建て直しました。王に代わって礼を言います。』

 

『タツキ様!顔をお上げください。領主として当然のことです。礼には及びません。』

 

『ところで。』

顔を上げると同時にタツキはマサキを見据えた。

 

『貴殿はどこでナクシャ産の織物を仕入れておられるのですか?』

 

全てを見透かすような眼差しを前にマサキは言葉を発することができなかった。

 

『帝都に納められる税の中にナクシャの織物が混じっていましてね。ご存じの通り我が国はウダナの脅威に晒されています。そのため国境の出入りはかなり厳しいはず。

それで内通を疑って 出所を辿っていったら。。。』

―― 貴殿にたどり着いたわけです。

 

美しい笑みを崩さずタツキは言った。

 

地図や歴史書など、隣国にわたると危険な書物は持ち出してはいない。そう言ったところで所詮 密輸は密輸である。

マサキは観念し、全ては自分1人で行なったことであり、罰を与えるなら自分だけにしてほしいと申し出た。

 

『そういう訳にもいかないんですよ。敵国との内通の疑いですからね。ご一族も厳罰に処されます。弟君の…シュンス殿。貴殿とシュンス殿の絞首刑は免れませんねぇ。』

 

 

『シュンスも…?』

凍り付いたマサキにタツキは続ける。

 

――私だって まさかマサキ殿が裏切り者のスパイだなんて思っていませんよ。どうやって 誰にも知れずに ナクシャと交易していたか? 教えてくだされば このことには目を瞑ります。

 

 

 

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『誰に見つかっても 碌なことにならないんだったよね? 』

サトシはすまし顔で答えた。

 

 

 

――マサキが弟のこと すっごく大切にしているのは知ってる。

 

 

『オレだけ縛り首になるなら黙ってるつもりだった。』

 

 

―― でも相手はこの国の宰相でしょ?

軍事利用されたら 被害はシュンスだけでなく、もっと沢山の人々に及ぶんじゃない?

 

 

 

『大ちゃん。オレ…』

 

――雅紀は優しいから 目の前で誰かが無意味に処刑されるのが我慢できなかったんだよね。

雅紀はその優しさの分だけ、

 

 

 

 

魂を売ったんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

『その魂。おいらが買うよ。』

 

 

 

 

 

つづく。