ゴールデンウィーク初日
気づいたら11時まで寝ていました
自宅マンションのエントランス前のエゴノキが小さな白い花を咲き垂らし、芳香を放っています
なんの予定もない一日
Happyさんのシンデレラプロジェクトの開催初日
DVDを買って少しだけ参加できた気分💕
お友達がマルシェに出店しているのがインスタに上がっていました😊
数年前に買った山口はなちゃんのビンテージワンピースを着て笑っているお友達、超可愛い😍
私はというと、のんびりと起きて
テーブル周りの片付けをする✨
洗濯をする✨
布団を干す✨
やっていることの順番に統一性がない
(後者だな)
思い付くまま
なんて気ままなのかしら
リビングの窓を全部開け放って、緑の風を部屋に入れる
気持ちのいい日
風が乾いていてとても爽やか
日差しはこの上なく明るい
幸せで
ワルツの歌を口ずさむ♪
自分はこれまで何を憂えていたのだろう
心配事はなにもない
なにもない
何もない
ただ今のこのままで、ただあるだけで
もう幸せ
父が亡くなり、それ関連の手続きのための書類が続々と届いているけれど…
それに眼を通すのは、今日はお休み
なにもない
この平安をこれまでどれだけ求めていたかしら
私の理想は
「私には、もうな〜〜んにも心配事がないの。
後は寿命が尽きる日まで楽しむだけなの。」
という意識状態になることでした。
それが切なる私の願いでした。
今、私はそれを手に入れました
長い長い年月の、自責やら苦悩の末に
もういいや
引き寄せもワクワクも、ホッとするも
そんな幸せのためのハウツーは何も要らない
(つまり、幸せになるために自分の意識をコントロールする必要はない、ということ)
私はこれまでも私だったし、これからも私であるだけ
と思った瞬間
世界は、完璧に
ただあるがままにあり
私もそうであることを実感しました
父が亡くなって、いちばん心配していたことが、私の身から離れていったことで、心配がなくなりました
心配していたこと、というのは父のことだったのに…
もう亡くなってしまって、心配のしようがなくなったということ…
なんだかパラドックスだけれど…
でも、本当に肩の荷が降りました
こんなことを書くと、これを読んでくださっている方は、私が父の介護に疲れていたのか、などと思われそうですが、そんなことは全くなくて、父は85歳の命尽きる日まで現役で仕事を続け、一人で自立した生活をしていました
私の夫亡き後、何かと助けてくれていたのも父です
それなのに「肩の荷が降りた」という言い方は父に対して失礼な感じですが、私が父に対して勝手に心配していた色々なことが杞憂となり、亡くなった今は全てが無に帰したということです
いつも父の存在が私を縛っていました
私が勝手に縛られていたのです
今でもふと習慣で、
あ、このことを父に報告しなくちゃ
などと思っている自分が出てくることがあります
そして、その次の瞬間に
あ、もう父はこの世にいないからその必要はないんだ
とホッとするのです。
そう
父に心配をかけたくない
父を安心させてあげなくちゃ
という思いが、私にとっての縛り(制限)でした
本当はその時のそのままで私はいつだって大丈夫な存在だったのだけれど
常識的な父にはそうは見えないだろうな
父は言葉に出して私にプレッシャーをかけてきたりはしないけれど、本当はすごく心配しているのだろうな
だから、いつも安心していてもらえるように
いつも幸せを感じていてもらえるように
そんな私を演じ続けていました
それが私は苦しかったのね
つまりは、父という存在を借りて私は自分を裁き続けていたのね
そんなんじゃダメだよ
ってね。
それが信澤美帆先生の提唱なさるビューティーファーストの実践によって、自責を手放し、自己肯定の最高潮を迎えたその瞬間に、父は次の次元へと旅立ちました
忘れもしない今年の2月19日
父の命日となった日です
Facebookで、お友達のネガティブの扱いについてビューティーファーストの観点からの解説を信澤美帆先生から要請いただき、その日私は渾身のコメントを作成していました。
まさにその日、その時、父は自宅で一人、帰らぬ人となったのです。
以上は私の側から見た父との物語
きっと父にとっても父の完璧な物語が綴られていたのでしょう
全てはつながっていて、全ては完璧なんですね
いつかまた父と会うその時まで
私は私の完璧な物語を生き続けます
ありがとう、父上✨✨✨✨
もうこちらのことは安心して、そちらの世界で幸せにいて下さい💖
長い長い年月を、ひたすら誠実に生きてこられた父上に感謝と尊敬を送ります✨✨✨✨✨✨✨
明るい日差しに希望あふれる月✨✨✨✨


