美保神社からバスを2本乗り継いで松江駅まで戻りました。
そしてまたバスです。
今度は島根半島とは反対の南に下って、雲南市に向かいました。
途中にこんなバス停が・・・
よく写ってませんが、「熊山」って書いてあるんです。
「熊山」というバス停です。
たいっち♪生なら、あたりをすかさず見回しますよね![]()
私もきょろきょろしました(笑)
で、あったんですよ~~~~♪
紫のアジサイの群れが咲いていました。
写真には収める時間がありませんでしたが、本当です(笑)
新しいハナクマゲートが開いたかも!
と、期待に膨らみました。
(たいっち♪ネタです。たいっち♪生にしかわからない瑞祥ですが、詳しい説明は割愛します)
上の画像でわかるように、ずっとこんな緑豊かな道を走っていくのですが、あるところで突然!雰囲気がガラッと変わる場所に出ました。
森閑とした、なにか静謐な感じがただよう場所なのです。
茫然として、写真には収めることができなかったのが残念・・・
ぼんやりとその雰囲気に浸りながらバス揺られていると、ほどなく「次は須賀(すが)です。」と、降りる予定のバス停の名前がアナウンスされました♪
バス停を降りたところで、パチリ♪
そうなんです。
目的地は、須我神社です。
地名は須賀(すが)、神社名は須我(すが)と書くようです。
ここは、素戔嗚尊(すさのおのみこと)が、「ここに来て、心がすがすがしくなった」と言って、稲田姫との新婚の家(宮)を建てた場所だと言われているところです。
「すがすがしい」で、「すが」の地名となったのだとか・・・
日本で初めての新婚の家造り(宮造り)をしたところということで、こんな碑がありました。
そして、素戔嗚尊がこの地で詠んだ和歌
八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣つくる その八重垣を
(やくもたつ いずもやえがき つまごみに やえがきつくる そのやえがきを)
という歌の碑も↓
この歌は素戔嗚尊(スサノオノミコト)が新妻と共に住む家をここにつくろう、という喜びを詠んだものなのですが、実はこれが初めて日本で詠まれた和歌だと言われています。
つまり、和歌を詠む者にとっての聖地なんですね![]()
私たちが、ハナクマが来たーーーーー♪
とおめでたい前兆のように喜ぶように、古代の人は空に立つ雲に吉祥を見ていたのでしょう♪
八雲(やくも)とは、八つの雲という意味ではなくて、八には、盛んにとかたくさんという意味があります。
なので、「八雲立つ」とは、盛んに雲が立ち上っておめでたい、という意味が込められています。
神社の前景
拝殿の脇に、裏の山へ登る口がありました。
登り口の横に建てられている看板です↓
稲田姫の両親のお社(御祖社 みおやしゃ)その他があるらしい。
好奇心で上っていきました。
こんな階段になっているところや、
こんなところを上っていきました。
途中、遠くの方に黒くて太くて長いものが斜めになっているのが見えて、何か生き物がいるようで怖かったのですが、どんどん登って近づいていくと、な~~~~~んだ!倒木でした(笑)
まるで、素戔嗚尊が退治した八岐大蛇みたいではないですか~~~~
あまりにもそのまんまなので、またもや茫然として写真は撮れませんでした(笑)
もっと近づくと、
わ~~~い、いよいよ山頂です。
そこには御祖社(みおやしゃ)が、木立に囲まれてひっそりとたっていました。
ここでですね・・・
だ~~~れもいないここでですね~~~~
やってしまいました、和歌の朗詠を![]()
ちょっと振りもつけちゃったりして、ギャラリーは神々だけ・・・
美保神社でいただいてきた鈴も鳴らしたりしちゃって・・・
これって奉納っていうのかしら???
私が歌いだすと、周囲の木立ちも風に揺れてさわさわと歌いだし、みんなで合唱しているようでした![]()
古代の芸能ってこんなものだったのかもな~~~~、なんて思いながら、自然との交歓を楽しみました![]()
そして、ふたたび拝殿に降りてきてから、和歌の献詠をしてきました。
「御祖社に上り来たれば神つ代の命(みこと)の如くすがしと思ふ」
(みおやしゃに上ってきたら、神代の素戔嗚尊のように、ここはすがすがしいところだなあ、と思ったよ)
境内を出てから、もう一度お社の鎮まっている丘を振り返って・・・
名残惜しく、須賀の地を後にしました。











