小さき手を振りて旅立つる吾子(あこ)を送り四十年経て吾れ古希となる


意訳・・・小さい手を振って旅立っていったわが子を見送ってから四十年の歳月が経ったんだなあ。

      そんなに長い年月が流れ、私は古希(七十歳)となったよ。


知人の歌です。


若い頃離婚されて、小さいわが子を手放さざるを得なかったのです。

以来四十年、一度もお子さんに会う事はなかったようです。


私も若かりし頃、まだこの方がお子さんを手放してからあまり年月が経っていなかったころに詠んだお歌を拝見して、なんと悲しく切ない母の心情だろう、と思ったことでした。


この方はその後再婚されて、本当にお元気にお幸せに年を重ねていらして、元気いっぱい、古希を迎えられたなど信じられないくらいお若く、まだ五十歳代くらいにしか見えません。


この悲しみを胸に沈めて、明るく元気に今というときを刻んでいらしたのですね。


昨夜、急に札幌オリンピックという言葉が浮かんだことをブログ に書きましたが、調べたらこのオリンピックも四十年前の出来事でした。


四十年はやはり長い年月です。


このブログに載せた虹と雪のバラード を今日は何度も何度も再生しました。

見て聞きながら、四十年前を思い出していました。

はるかなはるかな彼方です。


小学校の教室のオルガン

これをブカブカと弾いて、みんなが歌う伴奏をしたこと

外は寒い、キーンと冷えた冬の空・・・


家では、ストーブと炬燵の暖かい部屋で家族とテレビでジャンプ競技など観戦したこと・・・


すべてが平和で穏やかで温かい日常でした。


間もなく中学校へと進学し、そこから私の長い暗黒の時代が始まりました。(年齢がばれますが、ま、いいか)


子供から大人に体が変化するとき、心も劇的に変わり、自分ではどうにもならない原因不明の鬱状態へと突入していったのです。


40年前のオリンピックを思い出したこと、40年前の別れの歌に出会ったこと

このシンクロに、今、


40年という長きときを経て、この暗く長いトンネルからいよいよ抜け出す時が迫ってきたようです。


そんな予感がしますニコニコ


先日、聖天宮


陰鼓の下で、「生きる!打ち勝つ!」と宣言し、

陽鐘の下に、「すっきりと爽やかな毎日をすごす」という陽紅布を吊るしてきたのも


その表れだったような気がします。


ここからが本当の私の人生ビックリマーク


私の人生の大半を使って、自分の本当を生きる準備をしてきました。


準備期間が長すぎる気がしますが、もともと私は大・変人の33番だから(バースデーナンバーのことです)、それでいいんですニコニコ


陰を私の力に変えて、精いっぱい生きていきますラブラブ