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ご朱印帳を持って、全国の神社や寺を回る方は増えていると思います。
また、旅行などで、自宅から遠く離れた神社やお寺を参拝することも多いと思います。
神仏に手を合わせることは、とてもいいことです。
参拝することは、いいのです。
その後、お礼参りをきちんとしていますか?
もしその時、願を掛けてしまったのなら尚更、
必ず本人が全国の参拝した神社や寺院に、お礼参りをしなければいけないのです。
私は、22年前、団体参拝で訪れた日蓮宗総本山身延山久遠寺への御礼参りを出来ずにおりました。
そして、先日、ようやく「身延山久遠寺」と、山の頂きにある「奥の院思恩閣」へのお礼参りを22年振りに済ませることが出来ました。
本来ならば、再び身延を訪れてお礼参りをするのが正しいやり方ですが、どうしても行けない為、
久遠寺と思恩閣に電話で問い合わせたところ、
ご宝前と書いた赤のし袋にお気持ちを包み、
お礼参りしたい旨の手紙を添えて送ってくだされば、お参りの際、名前を読み上げますとのこと。
教えて戴いた通り、気持ちを込めた手紙を添え、赤のし袋の表書きは「御宝前」とし、私の名前を記入し、二千円ずつ入れました。
郵便局から、それぞれ書留で送らせて戴きました。
そして数日後、一階の集合ポストを開けてみたら、分厚い封書とハガキが届いていました。
御礼参りをお願いした身延山久遠寺と奥の院思恩閣からでした。
久遠寺からは、送った二千円を初穂料として納めたという山納書でした。
しかも、その額が2000万円と記載されていました。
思恩閣からは、直筆のお手紙と箱入りのお線香が届きました。
まさかこんなものを戴けるとは思っていなかったので、嬉しくなりました。
無事に御礼参りが済んだことのご報告を受け、長年の心のつかえが取れました。
何故、本人による御礼参りが重要なのか。
人の念、思いというものは、その方が亡くなった後にまで残ってしまうからなんです。
お参りした本人が、生前に全て、御礼参りを済ませているなら何の問題もありません。
しかし、旅行などでたまたま訪れたお寺や神社をお参りし、二度と行くような事がない場合、御礼参りをしないまま忘れてしまうことが多いと思います。
身近な例をあげます。
私の実家は、不幸続きでした。
どの家にも先祖の因縁というものがありますが、実家は酷すぎました。
私の母を始め、祖父母、父の弟である叔父は、ガンで亡くなっています。
叔父は、全くお酒が飲めない人でしたが、肝臓ガンで54歳という若さでの逝去でした。
父は、重度の糖尿病と末期の肝硬変でした。
享年59歳。
ガンや肝臓の病も、霊に因る病気です。
当時、私は、二歳下の妹と、実家の因縁を何とか断ち切ろうと日蓮宗寺院に通い、お参りをしていました。
それぞれ、毎月、先祖供養もしていました。
ある時、お上人様から言われました。
「これだけ先祖供養をしているのに、実家の方が落ち着かないのは、もしかしたら、お母さんが生前ご祈願した念が障っているのかも知れない。お母さんの『祈願解除』のご祈祷をしましょう。」
母は、38歳で末期ガンになり、入院して僅か3ヶ月で亡くなっていました。
叔母に聞くと、母は信仰深い人で、あっちの神社、こっちの神社に手を合わせていたそうです。
母が、御礼参りを済ませず逝ってしまった為、母の願を解くのは、私達の代に持ち越されました。
こうして、妹と私は五万円ずつ出し合い、御宝前で母の祈願解除のご祈祷をして戴きました。
後に、霊能師師匠から言われました。
「坊さんが祈願解除したぐらいでは、人の念など消えるものではない。それぐらい人の思いとは強いものだ。」
とのこと。
結局のところ、妹も、婦人科系のガンを患い、リタイア。
現在、私が実家の因縁を止める役目を担っています。
もうひとつ、
娘の結婚披露宴で、娘婿がピースサインをしていた写真を見て倒れそうになりました。
手にキツネ、つまり稲荷がいたのです。
東北出身の彼は、神社への御礼参りをせずに、入社の為、実家を離れたのでしょう。
お稲荷さんを連れてきてしまったのです。
そして、彼の出世欲と共に稲荷が力を増して妖怪級の化け物に。
この時、稲荷に憑依され、いくら説明しても受け入れない娘婿の代わりに、
霊能師師匠と私が、稲荷のいた神社を突き止め、神社の宮司さまに電話を入れました。
「御礼参りをせずに、こちらに来てしまいました。本人になり代わり、御礼参りをお願いしたいのですが。お稲荷さまも連れてきてしまったので、お返しをしたいのですが。」
暮れも押し迫った時期でしたが、宮司さまは快く受けて下さいました。
「本人の名前、生年月日、写真に初穂料を添えて送って下さい。28日迄にお願いします。それ以降は、正月の準備に取り掛かってしまいますので。こちらに届きましたら、ご神事を執り行わせていただきます。」
「分かりました。」
時間がない!
師匠と私は、九尾のキツネへと膨れ上がった稲荷にスマホを壊されそうになりながら、奮闘しました。
稲荷の方も娘婿から抜かれまいと凄い力で抵抗してきました。
写真を焼かせないよう、SDカードは破壊されました。
私は、コンビニの店長に無茶なお願いをしました。
店長のスマホで、稲荷の写った娘婿の写真の画面を撮影してもらいました。
そして、プリントアウトして貰うと出来ない。
「えっ!?何で!?画面には表示されてるのに」
店長も負けず嫌いな方で、約1時間格闘してくださいました。
私は、店長に頼みました。
「線香を焚かせて下さい。」
「店内では、それは出来ません。」
霊は、線香の煙が苦手です。
私は、店長がプリントアウトに夢中になっているとき、外で線香を焚いていました。
もうじき線香が消える頃、コンビニのトイレ前の流しに、線香を消しに行くように見せかけ、店長の後ろを通ったほんの一瞬、立ち止まったとき、プリントアウトが成功。
プリントされた写真には、もはや娘婿の姿は見えず、ほとんどが白い九尾でおおわれた写真でした。
コンビニで、お礼をお渡しても受け取っては貰えず、お礼を言って家に帰りました。
名前と生年月日を書いた紙は、3日間ろうそくの炎で囲み、あぶっておいた。
その紙と、ほとんど真っ白な娘婿の写真と初穂料を速達で送り、翌日、娘婿の地元の郵便局に到着。
明日の29日の配達だと言う郵便局を何とか説得し、約束した28日の夕方に、宮司さまに届ける事が出来ました。
28日の午後6時。
宮司さまから、ご連絡をいただきました。
「ただいまより、ご神事を執り行います。」
これに合わせ、師匠が捕まえていた稲荷を神社に投げ、事なきを得ました。
「黄色いキツネだったよ。もう少し遅かったら、俺も捕まえられなかった。」
この時ほど、御礼参りが大事だと思ったことは、ありませんでした。
稲荷が体から抜けた為、娘婿からは思い上がった態度は消えました。
しかし、未だに稲荷に憑依されていたことは、分かっていません。
「師匠だっけ?あの人、俺に稲荷が憑いてるって言ってたし。」
平和な奴め!
どんだけ、私らが大変だったか分かってないんだな。
宮司さまが言ってたからね。
「こちらに帰省する際は、必ずお参りをされたご本人が御礼参りに来て下さいとお伝え下さい。」