こんにちは☺︎
ビジネス応援コーチ yukariです!
前回の自己紹介 旅編はこちら
今日は前回書ききれなかった
社会人になってからのことを書きたいと思います
大学卒業後、教育関連の会社に営業職として入社し
子ども向けの英語教材を訪問販売してました。
入社して3ヶ月で月給50万円を達成
1年目の年間成績が
全国の新人営業社員の中でトップ5に
2年目半ばから営業職の管理職を任され
毎月何千万の売り上げ目標のために
プレイヤーとして売上げを作りながら
新人育成や営業社員の指揮を任される
体育会系のめちゃめちゃ厳しい会社だったから
売上げ目標にペースオンしてなかったり
結果が上がらないと
上司から大声で怒鳴られて
時には物を投げられたり
本当に毎日胃が痛かった
ノルマをクリア出来ない月が2ヶ月続くと首なので
共に頑張ってきた同期も次々消えていってしまって
3年目に残ったのは支社で20人いた同期のうち
私含め2人だけ
そんな過酷な仕事ではあったけど
仕事から学ぶことはすごく多くて
私は仕事が大好きだった
入社してたった2年目、24歳の私でも
やればやっただけのお給料がもらえたし
管理職も任せてもらうことが出来たから
やったことをしっかり評価してもらえて
会社からも必要としてもらえるその喜びから
とにかく泥臭く無我夢中で仕事をした
私を信用してついてきてくれる後輩もたくさんいて
その子たちのことを考えると
苦しいときにもしっかり踏ん張ることができたんだ
自分のために仕事をしていたら
とっくに投げ出していたと思う
仕事はすごく頑張っていたのだけど
3年目に入ったぐらいから
徐々に体に異変が出始めて
食べても全部吐いてしまうようになり
ついには全く食事が出来なくなってしまった
機能性胃腸症という病気だった
その症状が出始めてからも
とにかく気力で毎日営業には出ていたし
管理職も務めていたと思う
そこから半年たち
もう体はボロボロ
体重もかなり落ちていた
それでも仕事したい気持ちはあったんだ
だけどもう体が動かない
上司に
「もう体が限界です。
できません。」
その言葉を自分の口から出した瞬間
悔しくて悔しくて、わんわん泣いた
もう辞めたい もっと楽な仕事したい
って思ったときは幾度となくあったけど
実際体が動かなくなってそれが叶いそうになった時
悔しさと情けなさしかなかったんだ
私に期待して管理職を任せてもらったはずだけど
その期待に応えられたのだろうか
自分の力を100%出しきれたのだろうか
体を悪くしてからは手を抜いてた自分がいるな
とにかく自分に負けている自分が
悔しくて悔しくて.....情け無くて.....
今これを書いていても涙が出そう
その後は訪問販売の営業からは離れ
内勤で電話営業みたいなことをしました
そして28歳の頃に
元上司が独立して作られた会社に誘って頂き
その会社の新規事業立ち上げに
責任者として関わらせて頂きました
プレイングマネージャーのような感じ
営業して売上げを作るのは私
顧客対応もして
お金の管理もして
事務処理も自分で
後輩社員やパート社員の管理も私
一人一人の日報チェックして指導して
それが終わってみんなが帰ってから自分の仕事
これ1日24時間で足りないでしょ
9時〜23時頃まで仕事して
帰ってお風呂入って寝るだけ〜
今となっては確実に自分のキャパを超えていたと分かるけど、あの頃は「出来ない」なんてかっこ悪くて言えなかったし、「まだまだ出来る!」と思っていた自分に笑える
本当に私は仕事人間だなとつくづく思う
つらいことも苦しいこともたーくさんあったけど
それを一つ一つクリアしていくことが楽しかったし
いい仕事をして会社やお客さんから必要としてもらえることで自分の存在価値を感じられたから
29歳で長男を出産したけど
10分間隔の陣痛の合間も
会社からの電話対応をして
「あっまた陣痛始まったから電話切りまーす」
てな感じで
次男の時はトラブルありで
命がかかった大変なお産 (帝王切開) だったけど
病室に大量の仕事を持ち込んでいた
なんでここまでして仕事をするのか
自分でも不思議だけど
そういう星の元にでも生まれたのかな
そんな私が長男を出産した翌日から
専業主婦に!!
子どもの頃から夢だったお母さんになれて
幸せなことしか想像してなかったけど
たくさんの葛藤と苦しみが始まるのでした.....
続きは次回〜🙌
とても長くなってしまったけど
最後まで読んで頂きありがとうございます🙏