脳卒中リハビリ -16ページ目

ユダヤ人の金銭哲学Jewish money philosophy

人生 お金がすべてではない。

お金で愛、友情は買えない。

でも、それはしばしば役に立つものだ。

だから必要なのだ。

便宜上ヒトが作ったお金。

使うもので 決して 使われてはならない。


金栗四三 秘話 Again Sizou Kanaguri secret Story

金栗四三 秘話Legend marathon runner

Kanaguri Sizou Secret Story

54年8ヵ月6日5時間32分20秒3。


これは、オリンピック男子マラソンの世界で 一番遅い記録-です。


1912年、スウェーデンで開かれたストックホルム・オリンピックに

日本初の代表として金栗四三(かなぐりしぞう)選手がマラソン

に参加しました。


ところが、レース当日は気温が40度近くにもなり、参加者の半分が
棄権する事態となった。

金栗も走りはしたものの日射病で倒れてしまった。

彼は意識不明のまま近くの農家で介抱された。


このため棄権の連絡が伝わらず、行方不明という記録で幕を閉じました。


その後、彼は、完走できなかった悔しさをバネに、暑さに耐える走り方など、

さまざまな練習法を考案。


箱根駅伝は、孤独な長距離の練習をチームで行うという彼の

アイデアから生まれたものです。
このように日本のマラソン界に大きな貢献を果たしたが、

オリンピックでの棄権が唯一の心残りだった金栗。

そこに突然、「ストックホルム・オリンピック開催55周年記念式典に招待したい」との連絡が入った。
「あなたは、あのオリンピックのマラソンで行方不明になったままです。
ぜひゴールしに来てください」


この粋な計らいに応え、 55年ぶりにストックホルムへ行った。その式典会場で念願のゴールを果たします。


その瞬間、「日本の金栗が、ただ今ゴール!記録は54年8ヵ月6日5時間32分20秒3。これで第5回ストックホルム大会の全日程が終了しました」との

アナウンス会場に流れた。


一秒でも短いタイムを競い合うマラソンです。

こんな心温まるストーリーが
あったんですね。


54年8ヶ月6日5時間32分20秒3でゴールを果たした瞬間、


「日本の金栗がただ今ゴール。タイムは55年…。これで第5回ストックホルム大会の全日程は終わりました」とのアナウンスが流れた。


スーツ、ネクタイ、コートといういでたちだった。


四三は
長い道のりでした。この間に孫が5人できました」
ユーモアあふれるスピーチをした。
(via:熊本県教育情報システム:金栗四三展・図録)






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介護認定・更新通知が来たI had a notice

3月10日に受けた介護。保険(更新)認定調査の結果報告がきた。

I had a notice of long-term care insurance(renewal)。結果は前と同じ

要介護3 Care level 3.


早速担当ケアマネさんに電話連絡。今月中を目標にケア会議開催の

調整を依頼した。来週は南千住Sでのショートステイ、デイケアが三日間

訪問歯科と忙しくなってきた。

ワタシのための協力者の皆様にはただただ 感謝、感謝です。

さて今日は久しぶりの休息日、パソコンに向かっている。