最近、不老不死コースの依頼を良く受けてはいますが、
これは、時代の流れ上、仕方のない事なのかなと、思っています。
絶対治らないと言われている後遺症、病を根本再生させる治療家として、10年前に独立した時から感じていた事、
うっすら、ではあるが、
ほんとに、うっすら、
仕事は仕事として、絶対に必要だということだ。
俺はブラックジャックであり、
世界のどこに行っても治らないと言われたクライアントは、最終的に絶望の淵から、俺を探し出す。
探せない奴は死ぬ。
探せた奴は復活する。
だが、そもそも、そんな世界の最果ての最果てに俺はいる。
辿り着ける奴が、そもそも少な過ぎる。
それだと、あまりにも、俺がボランティア過ぎる。
いくら、人生を賭けた使命だと言っても、
ドラマではない。映画でもない。
現実だ。
ドラマや映画のように2時間で終わる物語ではない。
全く現実は現実だ。
僕が僕であり続けるために、その、世界の最果ての最果てで待ち続けるために、
かつ、最高のパフォーマンスでだ。
そのためには、生活しなければならない。
俺が不老不死であり続けなければならない。
そのために、命を賭けて、研究しなければ、ならない。
失敗すれば、終わりだ。ハゲ散らかせば終わり。病になれば、終わりなのだ。
終わりではない。仲間が、その研究成果を次に活かしてくれる。終わりでは、全くないのだが。
僕個人は、一つの敗北だ。
だから、その生活するためには、仕事をしなければならない。
それを、マジでうっすらと、だが、
なんとなく、当初から感じていた。
40歳だなと。
40歳で不老不死コースの完成に至れば、いや、至らなければ、、、
研究期間も十分だし、
なんせ、40歳という箔が付く。
40歳で、この肉体と、見た目、
精神の若さと、重鎮たる佇まい。
この40歳という目標に、10年前から、始めていたのは、若い猪🐗同然の僕に、褒めてやりたい。笑笑
そのおかげで、僕は、無闇矢鱈に集客などせず、
自身の不老不死を不老不死に最高レベルのパフォーマンスで保ちながら、
全ての希望を失った絶対治らない病や、後遺症に苦しむ人たちを、
仁王立ちで待ち続ける事が出来ている。
居なければ、皿洗いでも、車の運び屋でもやるだけの事だ。
別に、必要なければ、儲けようとする必要など、全くない。
自然と共に、ただ現存し続けるだけのことだ。
だから、
まぁ、
二段構えじゃないけども。
二段構えも必要無くなれば、皿洗いでもして生きるだけで、
三段も四段も構えはしない。
全ての、いわゆる、病や後遺症を現状持っていない1億人の人達も、
不老不死であり続けたいだろうし、
なん度も言うが、
それが
最高のリスク管理であり、
先行投資
だからな。
将来の不安だのなんだので、
資産運用?だの、クソゴミみたいな、欲望の雑魚群れどもの、戯言。
何よりも、必要なのは、
最高の健康と、パフォーマンスを、不老不死で出し続けれることだ。
寿命が来れば死ねば良い。
それを、ほぼ、全ての人間が手に入れれず、
爆発するまでに何かしらを貯めている。
バカだよな〜🤣
貯めたものなど、治らない病や、後遺症になれば、
一瞬だ。
一瞬で消える。全てがな。
お金、資産だけじゃねぇ😁
全てだ。
人間関係から、人脈、家族関係、親族含め、
全てが、
一瞬でぶっ壊れる😎
くくくっ
よーく、考え直すがいい。クソ欲望まみれまみれゴミ雑魚ども。