9月15日は独立記念日。ホンジュラスは1821年に現在の中米5か国(他の4つはグアテマラ、エルサルバドル、ニカラグア、コスタリカ)そろった形でスペインから独立しました。今年はその189周年になります。本日のメインイベントは、パレード (desfile)。教育省から私にも招待状が届いたので(いつもの如く、私の称号が「セニョーラ」と女性形になっていたところは気に入りませんが)、せっかくの機会なので行ってみました。この招待状は一般市民にもたくさん届いているようなので、招待状が届いたからといって賓客というほどでもないようです。
パナマでボランティアをしていた時に、一度だけ配属先の高校の教員として地元の独立記念日(パナマは11月です)パレードに参加したことがあるので、大体どんなものか想像がつきましたが、今回は首都で大統領も参加して行われる、国家の大行事に居合わせることになります。
メイン会場は国立競技場 (Estadio Nacional)。招待状を受けた人は、ホームストレートの日陰席に座ることができます。
パレードは朝6時に開始し、7時にスタジアムでの催し物が開始、という予定になっていました。実際にパレードがいつ開始したのかは分かりませんが、スタジアムでは、何のイントロ行事も行われることなく、8時過ぎにいきなり最初の集団が入ってきました。もっともこの行事進行は周知のことのようです。大統領自身がスタジアムに入ってきたのが8時直前だったので。日本人的感覚なら、「だったらはじめから予定を8時と書くべきだ」と言いたくなるところですが、ここはラテンの国です。この時間感覚が、国家も保証している常識です。

左手にはピカチョの丘のキリスト像を望み、右手には写真のようにすぐ隣にフアナ・ライネス (Juana Laínez) の丘の国旗(無風なのでなびいていませんが)を見て、まさに国家の象徴に囲まれた所にあります。そして、このスタジアムそのものも、このように独立記念日の行事が行われたり、大統領就任式が行われたりして、国家の象徴の一つになっています。
なお、写真でトラックを練り歩いているのは、一番手(順番はくじで決まるそうですが)で行進している学校の、インスティトゥート・ハリメール(Instituto Jarimer) の一団です。
このように学校がパレードの中心をなしていることから、教育がいかに国家で重視されているか(実際の教育事情がどうであるかは別として)を実感します。「教育は社会を作る」ということを、国家がこの行事で象徴的に表現していると言えるでしょう。

同じ学校の、やや拡大した写真です。先頭に、校旗と並んで中米5か国、そして左端にパナマと思しき国旗が見えます。中米連邦に入っていなかったパナマの国旗が入っているのは珍しいです。
パレードの一般的な編隊は、最初に校旗、続いて優等生 (Cuaderno de Honor)、そしてバトントワラー (Escolta)、鼓笛隊 (Banda)、チアガール、一般生徒、そして最後に教職員となりますが、この学校では、優等生の集団がなく、代わりに男子生徒の集団があり、一般生徒の位置に教職員が来ていて、最後が女子生徒の集団になっています。チアガールの位置に仮装行列や民族衣装の集団が来ているところもあります。
パナマでは、バトントワラーの後ろは「バタジョン」(Batallón) と呼ばれる軍服姿の男子学生の集団が続きましたが、そのバタジョンは、今回のパレードでは見かけませんでした(変わりに本物の軍隊や警察隊が行進していましたが)。

上のインスティトゥート・ハリメールのバトントワラーです。私の座っていた席に最も接近したところは、あいにく来賓席のあるテントのはざまからかろうじて見える程度の位置です。このバトントワラーが目当ての、鼻の下の長い男性見物客が多いという話です。言ってしまえば、当然でしょう。しかし、あまり近くで見ても、ケバい子も多く、必ずしもかわいい子ばかりとは限らないような…。

ホンジュラスの国旗は上下が濃青色、真ん中が白地、その中央に5つの濃青色の星で、これらの星のそれぞれが現在の中米5か国を示しています。ということはつまり、ホンジュラスには中米全体を統括する中央国家という意識があるのでしょうか。

上空を3機の軍用機がデモンストレーション飛行をして見せます。きりもみ飛行もして見せました。いかにも事故が起きそうで、心配だったのは私だけではないはずです。

白テントの中、最前列の、白シャツの背中はロボ大統領です。右手を上げて会話をしています。会話の相手、こちらを向いて口びげを見せている人はベントゥーラ教育大臣です。彼の席は大統領の左、3人目でした。この席順を考えると、日本と違って(?)、教育大臣は大臣の中でもトップクラス(ナンバー2か3くらい)の位置にいることになります。教育大臣の隣に立っている白服・サングラスの女性はファーストレディのロサ・エレーナ夫人、その隣に座っていて横顔が見える人は、恐らくエルナンデス国会議長です。テントの最後列に立っている人々は、大統領の護衛です。
このように、私は大統領の二、三十メートル後ろという近さに腰を降ろしていました。

銃を持った集団がここまで大統領の至近距離を通過します。軍や警察のトップが計画すれば、簡単に大統領を暗殺できてしまいそうです。しかし、妻の曰く、「独裁者の国ではないので、大統領を暗殺しても国はあまり変わらないだろう。だからあまり暗殺の起こる危険性が高くないのでは?」 一理あります。仮に暗殺するとしても、こんな式典の最中に堂々とやるのではなく、もっと影で行うでしょう。
パレードはメインストリートの一つ、スヤパ通り (Bulevar Suyapa) を練り歩き、最後はこのスタジアムに入り、トラックを4分の3周して出て、それで終わります。
同じ頃、別のメインストリートである フランシスコ・モラサン通り (Bulevar Francisco Morazán) では、昨年追放されたセラヤ大統領の支持者によるデモが行われていました。帰宅してニュースを見ると、催涙ガスのために目に手を当てながら散っていく集団の映像が流れていて、パレードと対照的な光景でした。