ロダンの石像。芥川のポーズ。人は、考える。これでいいか? と思案する。いいわけないか? ばかりある世界だが、いいものもある、に思えることもある。だから、より思案する。いいものばかりにすることはできないのか? と。
難しことじゃない、と軽々に僕は言う。困難ばかりだ、と他人は言う。君の人生が、特に、それをよく表しいている、と言う。そうか? あまりにも、単純な世界、だったが。と、僕は言う。すべては、二進数で進んでいる。が僕の考えだ。
本は、稼ぐ方法か? エロしか売れない。人が、作品を作る本は、相手にされない。啓発本は売れている。スピリチュアル系も、ブログで、アクセスを稼いでいるみたいだ。
フォロー大作戦で、アクセス数を、最大八から、四十三まで伸ばした。二か月と二十日程度で、その数字は、いいのか? 悪いのか? 分からない。何にもしなかったら、週末に、十いくか? どうか? だろう。ただ、本は売れていない。売るに値するもの、と言う自信も、そこまでないから、仕方ないか? と思う。もっと、もっと、勉学しなければ、と思う。
YouTubeでキンドルでの稼ぎ方を見ている。どうやら、稼ぐといより、集客に使うのが、趣旨に変わっているようだ。あまり、儲けに儲けた、と言う話は聞かない。それなら、ブログで、ワードプレスで、特化型をやっている方が、華やかだ。ただ、そう言うことじゃない。もちろん、違う。売れなければ、それは、名前がそこそこ表に出なければ、考えの半分も言えない。それは、確かだが、求めているのは、そう言う情報じゃない。僕は、思想、主義を売る作家だ。物語を売る作家じゃない。と言っていて、今の世界には、あまりにも少なすぎる。
どちらか? と言えば、売れやすい、啓発本に近い形だが、一応格好は、文学、純文学だ。それで、新しいやり方を見せつけたい、わけだ。僕が表に出さない限り、誰も知らないままで終わる。そのもったいなさは、自分が一番よく知っている。
とは言え、ブログを書いているが、ここで、何か、新しいものを、見つけ出せるのじゃないか? と思っているのだが、気がくらむような距離に、少し、途方に暮れている。もうなんか、普通に作家のみを目指して暮らしていた、あの頃に戻るか? とも思う。ニーズ、と言えるところまで、開拓もできていないのだし。
言葉は、無力、なのか?
やけに虚しい。僕の言葉が、全世界に届いて、全世界の人々が、自分の思ったとおり生きるようになったとしても、なぜか、虚しさしか残らない。何が欲しかったのか? 分からない。他人の笑顔が欲しかった。そこが僕の原点であることは間違いないのだが。
ただ、無力感を感じている。どうでもいいか? と言う気持ちだ。叱咤激励も、大して、効果がない。まァ、適当な世界だから、適当にやるさ、と思っている。
ブログを始めて、色んな人の意見を読むようになって、かえって、分からなくなった。みんな真剣だし、大して重きを置いていない人でも、ある種の真面目さを持っている。だろ? 自分を見失っているだけか?
ああ、野球が見たい。他の人が、他人のために頑張る姿が見たいな。一喜一憂したい。人は、人を見ていないと、腐ってしまう。人を支えるのは人だと、改めて、知らされる始末だ。
と、愚痴ってもしょうがないのは分かっている。こんなのは、一銭にもなりはしない。明日からまた、革命的なんちゃらとやらの、なんちゃら、を、なんちゃら、やらなければならない。
しんどくても、一歩、二歩だ。それが、いずれ、ジャイアントステップに変わる。そのステップは、やがて、地球を震撼
させるほどのものになるぞ。と自分で自分を慰めてみる。
正直、きついが、やるしかないものは、やるしかない。自分の知る、すべての、勇者たちのために。
キンドルでこれ以外にも本を出しています。クリックしてくれると、あらすじが読めます。良かったら、読んでみてください。
他のブログも読んでみてください。





