最初はまたうつがひどくなった時の
覚書として書いてきましたので
妙に堅苦しい記事になっていました。
この辺でどんなうつ体験をしてきたのかというお話
長男で跡取り
(今はそういう考え方は少ないですし
子供たちには特にそういった事は話していません)
小さいころから
いい子・いい子
正しい事をする子
そして将来は家を継ぎ
親の面倒を見る
そんな風に言われ続けてきたので
生真面目な
曲がった事の嫌いな
おとなしい性格の人間になってしまいました。
人から何か言われても(それが理不尽なことでも)
相手に悪く思われないかと考えすぐに反論ができない。
心の中で言うことの整理がついたときは時すでに遅し
そんな私に級友たちは
組み易しと思ってか気分が落ち込む
態度をとってくる。
(そうゆう人たちは感で分るんでしょうね)
そんな積み重ねが現在のうつの要因だと思います。
覚えている最初の出来事
テストで点数が悪く一人で気落ちしている時
「何点だった」と聞いてきて
言い淀んでいると
自分の点数を低く言って
私が胸をなでおろして点数をいうと
本当は何点だと私よりずっといい点数を告げる
相手を
一度安心させてから
一気に落ち込ませる
私はそんな対象になっていました。
さすがに数回で気づき
同じような場面では
黙っていることにしました。
幼稚園・小学校・中学校・高校と
出来るだけひっそりと
目立たないように過ごしてきました。
外にエネルギーを発散する代わりに
勉強だとか趣味だとかへ
一生懸命になればよかったのでしょうが。
当然他のことへは
気が向かず
勉強もせず
ただ日々を過ごしているといった状態でした。
(一体何をしていたんだろう)
さすがに社会にでてからは
(当然跡取りなので地元の会社)
そうもいかず
すこしはがんばりましたが
すでに性格が固まっていましたので
大した結果は残せず。
少し大きな仕事を任されても
わからない事ばかり
聞ける人もいない
何をどんな風に聞いていいかわからない
プライドだけは一人前
だんだんと嫌になり
話をすることもなくなり
下を向いて行動し
逃げることばかりを考え
ある日気がついたら
死んでしまえばここから逃げられる
と思うようになっていました。
当時はうつ病という言葉も知りませんでしたが
うつの症状が最初に本格的にでていたんだと
思います。
この時は現場監督に飲みに誘われ
「いっつも下向いているな」
「ちゃんと前を向いていた方がたのしいぞ」
といわれたことがきっかけで
何とか普通の状態に戻ることが
できました。
(感謝です)
それから数年後当時の会社はやめてしまうのですが
その間、同じようなことを繰り返していました。
そんな私にも転機はおとずれました。
会社をやめる一年ほど前から
興味の持てる内容の仕事にかかわることができて
仕事ってこんなにたのしいんだなぁ
と初めて感じました。
だんだんとやる気もでてきて
エネルギーの発散方法もわかってきて
妻と出会い
結婚して(できちゃった婚でしたが)
子供も3人
収入も上昇傾向
毎日がとてもたのしい時間をすごせました。
(時々壁にぶつかるとパワーダウンするのは相変わらず)
しかし、神様は残酷でした。
(うつの神様でしょうか。
一度とりついたら離さない)
4人目の子供が生まれ
もっと、もっと頑張るぞ
とおもっている矢先
次男が事故で亡くなってしまいました。
6歳
小学校に入ったばかりでした。
その時は残っている3人の子供を
何とか一人前にしなければ
ということで悲しんでいる暇もありませんでしたが
常にこのことが心の中にあり
なにか良いことがあっても素直には
喜べません。
この時は前世だとか大いなる力だとか
神がかったオカルト的な本をよみあさり
運命だったのだと表面上、納得させるしかありませんでした。
その時以来
子供たちにも
他の人にも
自分にも
頑張ろうと言えなくなってしまいました。
また自分も頑張ることができず
MAXパワーで行動できなくなっていたのです。
表面上は仕方ないことだったと思っていても
心のなかでは
うつの病魔が確実に成長していたのです。
下の子も小学校にはいり
やっと手がかからなくなり
ホットしていたとき
ついにうつの悪魔が顔をみせたのです。
前段階として
他の人の仕事が大変そうだったので
手伝っていたら
いつの間にか
責任者にされていて
(面倒な仕事でしたのでそのことを考えていたらパワードダウン)
あげくのはて
現場に入った人に
(先日まで何もわからないペイペイ。俺が面倒みてやったのに
仕事を少し覚えただけで文句をいう)
頭を下げさせられて
「俺の責任じゃない」
言いたかったけど
性格的に言えず。
この時は怒りが先行して何とか乗り切りました。
そして1年後。
確かに疲れてはいました。
2週間ほど連続で働き
よーし
明日は休みだとウキウキして家にかえった
その夜、機械の故障の連絡が入り
それまでの気分と何とか修理してあげなければ
という気持ちの葛藤がおき
心がぽっきり折れてしまいました。
逃げました。
会社の所長に連絡を入れ
「疲れました。」
「しばらく休ませてください。」
「お客様からトラブルコールが入っています。
対応お願いします」。
弱気をはいたのと
仕事の連絡をしたのと
どっちが先かは忘れましたが
それで一時の安らぎが得られました。
休み1日目
仲間の仕事が増えることに
申訳なさをかんじながらも
なんとか休養
2日目
仕事を振った罪悪感はうすれましたが
代わりに意味のわからない焦燥感。
酒でまぎらす。
3日目
俺、立ち直れるのかな
と感じながら
ぼーっとすごす
4日目から
これはまずいぞ
休んだ分、来月はどうやって暮らしていこうか
でも、仕事に復帰する気にはならないし。
今の残金・貯金を数えなおして
2か月程度ならやっていけそう。
1週間もした頃には
完全にうつのスパイラル。
この時は死は意識しませんでしたが
かなり重症
マイナス70%くらい
(死んでしまうのがマイナス100%として)
ついに10日目
今の仕事を続けたら
たとえ回復しても
仕事が追っかけてくるので同じこと。
今の仕事をやめよう。
そして仕事を辞めたい旨のTEL。
してしまいました。
その時は言ってしまったあと
全ての心配事が消え
とてもすがすがしい気分。
そのまま家に帰るも
翌日には今後の心配が首を持ち上げ
再び憂鬱な時間。
妻にそのことを話すと
前回の記事に書いたとおり
「なんで一人で悩んでいるの。
相談したらいいじゃない。
お父さんはそれだけ頑張ってきたんだから」
その言葉で我に返り
再び所長にTEL。
相談にのってほしい事を伝えて
事務所に。
時間まで待っている間の
気まずさ。
逃げ出してしまいたいくらい。
(もうあんな気分になるのはいやですね)
まあ何とか解決しました。
でも
性格は変わらず
少しずつ同じことを繰り返し
5年前
気分ちがふさぎ込み
休んでいても
訳のわからない焦燥感。
ふと気が付いたときは暴漢でもはいってきて
俺をナイフで一思いに殺してくれないか。
そう考えている自分にきずき
やっと重い腰をあげ
近くに精神科へ。
診察をまっている間は
なんとも言いようのない不安感でいっぱいでしたが
インターンの若い先生に
考えていること
思っていること
感じていること
仕事のこと
亡くなった息子のことを
洗いざらい
話をした後は
例えようのない爽快感に満たされ
先生の診察はウキウキした高揚感に包まれていました。
(なんでもっと早く診察を受けなかったんだろう)
胃腸を楽にする薬を処方してもらって
その後10回ほど行きましたが
あまり変化なし。
徐々には回復。
結局、病名は付きませんでした。
病院へいくと
あれほどの焦燥感がなくなり
先生にはちゃんとした受け答えを
しているのですから
判断のしようがなかったんだとおもいます。
(ちなみに、妻からはうるさいうつだと言われます)
そんなこんなで今。
冬季うつ病というのがあるということです。
雪に囲まれていると
やっぱり気分は落ち込みます。
今年は仕事をセーブして余裕を作るぞ!
趣味に没頭できる時間をつくるぞ!
孫といっぱい遊ぶぞ!