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ざっくり世界史を眺めたい

ざっくり世界史を眺めたい人向けのブログです。
独断と偏見で話題を選定するので、詳しく書いてあったり、表面なぞるだけだったりする時があります。どうぞご了承ください。


みなさん、こんにちは。

前回言ったとおり、今回はエジプトの王国について解説していきます。

古代エジプトには大きく分けて3つの王国がありました。

別に3つ同時に存在していたのではなく、それぞれ古王国中王国新王国と時代ごとに隆盛したものです。

それでは順番に解説していきます。

まずは、古王国

この王国はメンフィスに都を置き、ピラミッドを建設しました。
ピラミッドはなぜかナイル川の西側にあることも知られていますね。

特に巨大なのはギザの三大ピラミッドと呼ばれるもので、古王国第4王朝クフ王から始まり、子のカフラー王、孫のメンカウラー王の3人の王により建設されたと言われています。

その理由は定かではありませんが、まぁ、ここでは言及しないでおきましょう。


次は中王国

中王国はメンフィスからナイル川を遡った上流にあるテーベを都としました。
この頃にはもうピラミッドは作られなくなり、テーベの地神アモンと太陽神ラーが融合した最高神アモン=ラーの神殿が建設されるようになりました。

エジプトの宗教は多神教で、それぞれの土地にそれぞれの土地を守る地神がいました。

神々の姿は鳥人として描かれることが多かったようです。


中王国はシリア地方から侵入してきたヒクソスという民族によって滅ぼされました。
(ヒクソスについてはまた今度)



ヒクソスを撃退した新王国は逆にシリア地方に侵攻。

戦いに勝利するたび最高神アモン=ラーに供え物をし、この結果、神官たちは力を持ち始め、それまで絶対的な力を持っていたファラオの権力を脅かし始めました

こうした中、アメンホテプ4世という王が新たな宗教を作り、この体制を刷新することを思い立ちます。
彼はイクナートンとして唯一神アトンを崇める一神教の宗教を創始し、従来の多神教を禁じました

都もテーベからテル・エル・アマルナに移しました。


しかし、次のツタンカーメン王が即位すると、従来の多神教に戻された、ということです。


この時代の文化については次回から解説していきます。


さて、今回はこの辺で。


あしからず