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ざっくり世界史を眺めたい

ざっくり世界史を眺めたい人向けのブログです。
独断と偏見で話題を選定するので、詳しく書いてあったり、表面なぞるだけだったりする時があります。どうぞご了承ください。

それではメソポタミアについて眺めていきましょう。


前1000年頃、アッシリアによって初統一されたメソポタミア。

実は彼らもセム系民族なのですが、それまでヒッタイトが独占していた鉄の製法を、ヒッタイトが滅亡で流出したことで学び、遊牧民族スキタイの騎馬戦法を取り入れてメソポタミア統一に漕ぎ着けました。

そのままエジプトへと侵攻し、ユダ王国以外のオリエントを統一するに至ります。

都はニネヴェに置かれ、そこにはアシュル・バニパル王の図書館が建設されました。


しかし、他民族に対し、圧政を行い、武力による統治を目指したアッシリアに対し、各地で反乱が始まります。

エジプトは再び独立、小アジア(現トルコ)では世界最古の鋳造貨幣を作ったリディア王国(りんりんリディアで覚えましょうw)が、イラン高原ではメディア王国、メソポタミアでは同じセム系民族が新バビロニアとして独立しました。

新バビロニアのネブカドネザル2世(エヴァかなんかで聞いたことあるような…)がイェルサレムを攻略、住民をバビロンに移住させるバビロン捕囚と呼ばれる事件を起こした張本人です。

このバビロン捕囚からイェルサレムの民を救い出したのがメディア王国から独立してアケメネス朝ペルシアを創始したキュロス2世

この時バビロンに連れ去られていたユダヤ人たちを解放したのです。

こうして半世紀ぶりにイェルサレムに戻った彼らはヤハウェ神殿を建設。旧約聖書が成立したのもこの頃でした。
ユダヤ人の選民思想については以前の記事で触れたような気がするので特記はしません。
(詳しく聞きたい人がいたらコメントでもなんでもしてください)


さて、アケメネス朝の話に戻りましょう。

アケメネス朝最大の王といえば、第三代ダレイオス1世

彼はキュロス2世が新バビロニア、メディア、リディアを征服したことで広大になっていた領土をさらに小アジア、インダス川の流域まで広め、王国の最大領土を築きました。
さて、大きければいいというわけではなく、彼が最大の王である所以はその統治方法にあります。

アッシリアのように武力では統治せず、帝国を約20の州に分け、サトラップと呼ばれる州知事を置き、さらにそれを監視する王の目王の耳と呼ばれる監察官を置きました。

また、交通面ではスサとサルデスを結ぶ王の道と呼ばれる公道を整備しました。


宗教はゾロアスター教拝火教)が成立しました。

光の神アフラマズダ暗黒の神アーリマンが戦い最後には光の神が勝ち、人類を裁くという最後の審判思想はその後の多くの宗教に大きな影響を与えました。

ダレイオス1世はペルセポリスという都市を新年祭のために建設しましたが、後々紹介するアレクサンドロス大王に破壊されてしまいました。



さて、長くなりましたが今回はこの辺で。

次回は古代ギリシャに入りたいと思います。


あしからず