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Shudder Log

* このブログの内容はすべてフィクションであり、実在の人物や団体とは一切関係ありません。

大きく身体を伸ばして、あくびをした。
椅子に座ったドンホは僕を見て、つられたように口に手を当てた。
 
「眠い?」
 
尋ねると、首を傾げて見せて、視線を逸らす。
 
「まあね」
 
僕は椅子の後ろに回って、肩を揉んだ。
 
「お疲れさま」
 
ドンホは真上を向いて僕を見た。
 
「キソプ兄もね」
 
綺麗な首筋に喉仏が浮いている。
 
「ありがとう」
 
うっすらと開いた唇にドキリとして、僕は言う。
 
「ドンホは唇がキレイだね」
 
丸い目が見開かれて、顔が正面に戻される。
 
「キソプ兄ほどじゃない」
「僕?」
 
肩に手を置いて、僕は横からドンホの顔を覗き込む。
ドンホは少し身体を引いて、僕の視線を受ける。
 
「ヒョンの唇って、綺麗だし、赤いし」
 
僕は思わず聞き返した。
 
「赤い?」
「赤いよ」
 
ドンホは迷わず答える。
 
「果物みたいで美味しそう」
 
そう言ってドンホは天使のような笑顔で、悪魔のように素早く、僕の唇を奪った。
「これ、ドンホみたいだね」
 
グラスを傾けて暗褐色の液体を飲み、ケビン兄は言った。
 
「どこが?」
 
次の一口を含みながら、笑みを浮かべる。
 
「すごく繊細で複雑な味がするから」
 
ゆっくりと飲み込むその様子を、落ち着いたライトが照らしている。
上気しているはずの僕の頬も隠してくれているに違いない。
 
「それ、褒めてないでしょ」
 
僕は自分のグラスに手を伸ばす。
今日は運転手だから、アルコールは飲めない。
 
「褒め言葉じゃない?」
 
ライムの香りとジンジャーエールの刺激。
ケビン兄の真似をして、時間をかけて飲んでみる。
 
「繊細っていわれても嬉しくない」
 
グラスの細い脚から長い指が離れる。
そのまま両手を組んで、ケビン兄は僕を見た。
 
「僕だったら嬉しいけど」
 
小首を傾げて、口角をあげる。
目が笑ってないように見えるのは、きっと気のせいじゃない。
だから繊細なんて言われないのに。
 
「ヒョンは芯が強い人だから」
 
背の高いグラスをカウンターに置いて、僕は頬杖をついた。
羨ましいくらい、とは言わずに。
 
「イライにね」
 
ケビン兄は目を伏せて、思い出したように言った。
 
「言われたことがあるよ」
「何を?」
「カクテル飲みながら、これに似てるって」
 
目の前のグラスを顎で差すが、その時に飲んでいたものではもちろんないだろう。
 
「どんな風に似てるって?」
「度数高めで気をつけなきゃいけないのに、口当たりの良さに騙されて飲んじゃう、って」
 
なるほど、その分析は正しい。
ただし、イライ兄は騙されることを楽しんでると思うけど。
 
「ふーん。なんてカクテル?」
「忘れちゃった。茶色だったと思うけど、そんなカクテルたくさんあるよね」
 
組んでいた手を解いて、ケビン兄はグラスに指をかける。
また一口。
立ち上る細かな泡が光を反射する。
 
「美味しかったんだね」
 
そう言うと、ケビン兄は意外そうに僕を見た。
 
「え?」
「そのカクテル」
 
口当たりの良くて飲みやすくて。
アルコール度数が高くて。
油断するとノックアウトされそうな。
ケビン兄のような。
 
「僕も飲んでみたい」
 
ケビン兄は笑って、僕の髪をくしゃりと撫でた。
そのまま頭を近付け、耳元で囁く。
 
「次はタクシーで来ようか」
 
それから頬に柔らかな唇が触れて、小さな音と共に離れた。
次に来るまでに、カクテルの名前を調べなきゃ、と僕は思った。
カメラマンを夢見る天涯孤独の苦学生KSと、ソウルとニューヨークを行き来しつつ地中海あたりに別荘も持ってる実業家な暴君JS。
KSは懸賞で旅行を当て、夏休みにスペインかイタリアか南フランスへ。
一方、群がる女性たちにうんざりしたJSは自分が同性愛者であると言い、たまたま街で見かけたKSをつかまえて一方的に結婚を宣言する。
驚くKSに、JSは金銭的な援助を出しにして休みの間だけカップルのフリをすることを要求。
KSは渋々ながら承諾し、JSの別荘で暮らすことに。
慣れない生活に戸惑いつつも、少しずつJSとの距離が縮まっていくことを楽しむKS。
JSは「異分子」であるKSを持て余しながらも、寂しさが癒されていることに気付く。
そして、ある夜JSはKSを襲おうとしてしまう。
もちろん拒否するKS。
一気に険悪な雰囲気になり出て行こうとするも、契約期間はまだ残っていると言われ留まるKS。
タイミング良く(あるいは悪く)、JSは仕事で忙しくなる。
女物の香水の匂いをさせて気怠げに帰宅するJSが気に入らないKS。
そんな中、2人で出席したパーティで、KSはJSの仕事相手を紹介される。
例の香水の主で、当然ながら美女。
翌日、街を散歩中にKSはその美女に偶然再会し、ホテルに連れ込まれて誘惑される。
が、逃げ出して帰ってくるKS。
珍しく家にいたJSはKSを出迎え、香水の匂いに気付いて問いただす。
JSもしてることだからいいだろう、と答えるKS。
俺は仕事で会ってるだけで何もしてない、と返すJS。
すれ違いつつ大喧嘩。
JSはすぐ後にプライベートジェットに乗って出かけなければいけないため、和解しないまま空港へ向かう。
部屋に閉じこもるKSの心を映すかのように、外は嵐に。
すっかり辺りが暗くなったころ、テレビをつけると、JSの向かった空港でプライベートジェットが離陸に失敗したというニュースが流れる。
何事かと慌てる使用人たちを振り切り、自ら空港へと車を走らせるKS。
ターミナルに着き、全速力で息を切らしながらいつものゲートへ。
そこにJSの姿を見つけ、KSは飛びかかるような勢いで抱きつく。
ニュースを見て心臓が止まるかと思った、とKS。
一つ前のジェットがそうなったせいで出発できなかった、とJS。
安堵で泣き出すKSと、宥めるJS。
出発を取りやめて2人で帰宅し、ようやく愛を確かめ合う。
夏休みの終わりとともにソウルあるいはニューヨークへ戻り、末永く幸せに暮らしましたとさ。
 
Soohoonよりずっと普通のロマンスだけど、ハーレクインをちゃんと読んだことが無いので例によって勝手な想像。
書き出してみると本当にただのBLだね。
タイトルは「ひと夏の対価」か、シンプルに「夏の対価」あたりで。
 
 *
 
エントランス・ホールに入ると、ひんやりとした空気がキソプを包んだ。
日差しの下を歩いてきたせいで、一瞬視界が真っ暗になる。
目を強く瞑って、けれど足は止めなかった。
屋敷は充分に広く、そしてキソプは充分にこの廊下に慣れていた。
 
「お帰りなさいませ、キソプ様」
「ただいま」
 
自室へ向かう途中で、執事とすれ違う。
止まって頭を下げた執事にキソプは挨拶を返し、執事はキソプの背中に告げる。
 
「ご主人様がお戻りです」
 
思わず立ち止まり、キソプは振り返った。
 
「ジェソプが?」
「はい。すぐ外出されるそうですが」
 
この時間に、と思ったキソプに、執事は過不足ない答えを与えてくれた。
きっと着替えるために屋敷に戻ったのだろう。
出かけてしまえば、また数日は顔も見られなくなる。
そう思うと、何故か胸の奥が痛んだ。
キソプは踵を返し、寝室へ向かう。
自分に与えられた部屋ではなく、ジェソプがいるはずのマスター・ベッドルームへ。
扉の前に立ち、キソプは深呼吸した。
それからノックすると、中からジェソプの声がした。
ノブに手をかけ、重厚な扉を一気に押し開ける。
明るい室内に、キソプは瞬きをする。
クローゼットから現れたジェソプは、カフリンクスを留めながら笑顔を見せた。
昨夜のビジネス・スマイルとは違う、悪戯っぽい気取らない笑顔。
真っ白なシャツと、窓から零れる日差しによく似合う。
 
「キソプか。出かけてたのか?」
 
つられて浮かべそうになった笑みは、ジェソプの質問によって消えた。
 
「うん」
 
頷いて、キソプは思い出してしまう。
あの美しい女性のことを。
貴方もマリアと呼んで、と彼女は言った。
ジェソプも彼女をマリアと呼ぶのだろう。
そして、自分がしたように、彼女を腕に抱いて――。
記憶の中にトリップしたキソプの深刻な表情に、ジェソプの顔が曇った。
 
「もう出ないといけないんだよ。悪いが話なら――」
「うん、聞いた」
 
ジェソプの言葉を遮って、キソプは続ける。
気取られてはいけないと、精一杯の笑顔を作って。
 
「別に用があったわけじゃないから。いってらっしゃいだけ言おうと思って」
 
ジェソプは動作を止めて、キソプの顔を見つめた。
数秒見つめあい、キソプが思わず目を逸らすと、置いてあったジャケットを手に取る。
キソプはさりげなくそれを奪い、ジェソプに向かって広げた。
ジェソプは僅かに目を細めたが、何も言わずに背中を見せてジャケットに腕を通す。
第一ボタンを留めると、ジェソプは振り返ってキソプを抱きしめた。
 
「キソプ」
 
この唇で、この声で、名前を呼ばれるだけで、どうして切なくなるんだろう。
キソプは目を閉じて、ジェソプの匂いを思いっきり吸い込んだ。
身体に残っているような香水と感触を上書きするために。
ジェソプは腕の力を緩め、キソプの首筋にキスを落とす。
これだ、とキソプは思った。
彼女の口付けを受けたときに覚えた違和感。
唇の感触も、身体を支える腕も、違うと感じたのは、想像していたのが、ジェソプがくれたそれだったから。
強く抱き返そうとすると、急に身体が離れ、キソプは瞼を開けた。
 
「キソプ」
「何?」
「マリアと会ったのか?」
 
尋ねるジェソプの表情は固い。
香水が嗅ぎつけられたのだと、キソプはすぐに分かった。
そして、今すぐにその匂いをかき消して欲しいと思った。
こんなことを聞くのではなく、抱きしめることで。
 
「ああ、街を歩いてたら、声をかけられたよ」
 
嘘ではない。
声をかけられて、その車に乗って、ホテルの部屋まで行った。
ジェソプが「マリア」と呼ぶ彼女と。
 
「彼女と何をした?」
「何も」
 
これも嘘ではない。
何かをする前に、キソプはその場を去り、真夏の日差しの下を歩いて帰る破目になった。
 
「嘘を吐いたって分かる」
 
愛撫が中断されたことに、キソプは少し苛立っていた。
だから、問いに肯定を返し、さらに挑発するような言葉が出たのは、まさしく口が滑ったに違いなかった。
 
「何でもないことだよ。ジェソプがいつもしてること」
 
他愛もない会話と軽いキス、というつもりでキソプは答えた。
ジェソプはもちろん、マリアとキソプが寝て、しかも自分もマリアと寝ている、と言われたのだと解釈した。
 
「俺は仕事でしか付き合いはない。お前の思ってるような関係じゃない」
 
きつくなるばかりの態度に、キソプは泣きたくなった。
やっと抱きしめてもらえると思ったのに。
時間はなくても、いってらっしゃいのキスをして、無事を祈って送り出せると思ったのに。
ジェソプは頭が回りすぎて、ときどき着いていけなくなる。
 
「思ってるような関係ってどういうこと?」
「マリアと俺が寝てると思ってるんだろ」
 
その返答に、キソプは質問を返した。
 
「そうなの?」
 
今にも涙を流しそうなキソプから、ジェソプが読み取ったのは「非難」だった。
大げさにため息をついて、腕を解く。
キソプは俯いて否定されるのを待ったが、聞こえたのは違う言葉だった。
 
「もう出ないと」
 
ジェソプは腕時計を見て、ジャケットの襟を整えた。
 
「フライトプラン通りなら1時間後には空の上だ」
 
顔を上げないキソプに、ジェソプは冷たい声色で言った。
 
「10日間は戻らない。夏休みが終わるようなら、勝手に帰っていい」
 
ジェソプは足早に部屋を出て行き、大きな音を立てて扉が閉まった。
キソプは頬が濡れるのを感じながら、その場に立ち尽くしていた。
窓の外はいつの間にか薄暗くなり、不穏な雲が空を覆い始めていた。
少女マンガもそうなんだけど、ヒロインとヒーローは初めは反発しあわないといけないので、Elvinは違うような気がした。
警備員と侵入者でハーレクインだったら、見逃す代わりに付き合うことを求められ…みたいな感じだと思うけど、そもそもELが強くてKEが従うってのが想像つかない。
なので、あるとしたら、些細なすれ違いから別れてしまった二人が再開し…とか。
過去のわだかまりから素直になれない、だったら納得できる。
そうか、Soohoonは逆玉だったのか、という思い付きからだったけど、全然ハーレクインにならなかった。
 
HMは食品会社の次期社長。
KSはその幼馴染で親友。
JSは取引先の御曹司で、KSの上司でもある。
HMが主催したあるパーティに、招待されていないSHとKEが潜り込むところから話は始まる。
HMはそれに気付いて、SHに接近。
探るために会話をしてるうちに、妙に気に入ってしまって、咎めずに帰すことに。
KSとJSにその話をするHM。
JS「バーカ、ゲートクラッシャーは捕まえなきゃダメだろ。強盗の下見だったらどうすんだ」
HMは探偵DHを雇い、SHとKEを探させるが見つからず。
少し経って、JSが主催するパーティに出席したHMは、そこでセキュリティに止められるSHと再会。
自分の連れだと偽ってSHを助け、なぜパーティクラッシングするのか尋ねるが…。
 
たぶん復讐の相手か誰かを探してる。
HMはもちろん止める。
でも、見つけちゃう。
でも最終的には思いとどまって、HMの力を借りて相手を告発して終わり。
 
ちなみにKEは(突破された)セキュリティガードであるELと恋に落ちて悩みます。
ハロウィンはELにはミイラの仮装をして欲しい。
SHはドラキュラ。
HMはフランケンシュタインの怪物。
JSは黒猫で、DHが狼男。もこもこした手足つけて。
KEはミニスカ魔女でもいいけど、ジャック・スケリントンで、ストライプスーツに白手袋してあの顔の仮面をおでこに斜めにつけて欲しい。
KSはKEと対になりそうなオペラ座のファントムか、ブルーフェアリーで。

肩を組んだ。
手をつないだ。
ハグをして、
キスも、した。
 
いつになれば、その先に進めるのだろう。
 
 *
 
背後で部屋のドアを開く音がして、閉まる音がした。
近付いてくる足音だけで、それが誰なのか分かる。
 
「だーれだ」
 
僕の目を隠して、スヒョン兄は言った。
本人は気付かれずに入ってきたつもりらしい。
たしかにゲームの音はしているけれど。
 
「ヒョン、声出したら分かるって」
 
僕はキーボードから手を離し、振り返ろうとする。
 
「ヒョンだけじゃ答えにならない」
 
目を覆う手がそのまま、僕の体を椅子に押さえ込んだ。
 
「スヒョン兄」
 
ため息をついてから答えると、やっと視界が明るくなる。
ヒョンは僕の顔を覗き込んできた。
 
「驚かなかった?」
「全然」
「なーんだ」
 
一応は口を尖らせながら、けれど表情は穏やかだ。
 
「ゲームしたいの?」
「うん」
 
尋ねれば、笑みを浮かべて大きく頷く。
 
「まあ、いいけど」
「ドンホ兄さん、お願いします」
 
かしこまった言葉で頭を下げ、両手を合わせる。
 
「しかたねーな」
 
ぞんざいに答えて、僕はまたため息をつく。
 
「ありがとうございます」
 
椅子を回転させて、スヒョン兄と向かい合った。
 
「代わりに」
「うん?」
 
唇を指差せば、少し驚いたような優しげな顔。
ほどなくその顔が近付いて、僕の生意気な口は塞がれる。
空気を食べているような軽いキス。
何度かついばまれた後、僕は椅子から立ち上がり、ヒョンを座らせる。
それからその膝の上に座りなおした。
キスを受けるのも好きだけど、与えるのも好きだ。
する側なら主導権を握れるし、いつもより無防備に見えるヒョンも好きだ。
僕は目を開けたまま、唇を吸う。
 
「ヒョン」
「ん?」
 
呼んでみて、思いついた言葉はひとつ。
けれど言うのは少し怖い。
 
「何?」
 
まだ軽いままのキスの合間を縫って、ヒョンが促す。
 
「シたい」
 
やっとの思いで口に出す。
 
「また今度」
 
答えはキスと同じくらい軽く、僕は落胆のため息を飲み込んだ。
 
「このあいだもそう言った」
「そうだっけ?」
「そうだよ」
 
その軽さに、怒りさえ覚えそうになる。
 
「もう成人したのに」
 
本当に成人したのに。
自分の唇を噛み切る代わりに、噛み付くように口付ける。
いきなり深くなったキスに、ヒョンの息が漏れる。
 
待たせているんだと思っていた。
僕が大人になることを、ヒョンが待っているんだと思っていた。
それなのに。
誕生日を迎えて状況が変わるかと思ったら、まるでその気配はない。
痺れを切らして誘ってみても、いつも答えは。
 
――また今度。
 
ねえヒョン、その「今度」はいつか本当に来るの?
 
怒りの次は不安。
感情的になって泣くなんて、ガラじゃないのに。
 
「何回先の今度?」
 
声が震えるのが自分でも分かる。
ヒョンには伝わっていないといい。
格好悪いから。
でも伝わって欲しいとも思う。
胸の痛みに気付かないフリも、そろそろ限界がきそうだ。
 
「本当の今度」
 
代わり映えのしない回答。
 
「約束する」
 
続いたのは、初めて聞く言葉だった。
 
「約束?」
「うん、約束する。近いうちに機会を作るよ」
 
機会を作る、ということはつまり。
僕は目を閉じて、顔を伏せた。
 
「信じるからね」
「もちろん。信じて、俺を」
 
スヒョン兄の声に軽さはまったくない。
 
「大事にするから」
 
こみ上げるものが何なのか、もう自分でも分からなかった。
流れそうになる涙を飲み込んで、僕はもう一度キスをねだった。

屋上の手摺りに寄りかかって大きく背伸びすると、服を後ろから引っ張られた。
 
「ケビン」
 
振り向けば、フンが少し強張った顔で僕を見ている。
 
「何?」
 
風に前髪を揺らされて、僕は思わず眉を寄せる。
パーカーを握ったまま、フンは小さな声で答えた。
 
「あんまり、乗り出さないで」
 
僕は手摺りから離れ、フンの手を取った。
 
「乗り出してないよ」
 
繋いだ手を引き寄せようとしても、もちろんフンは動かない。
代わりに僕が歩み寄ることにする。
 
「僕は、高いところ別に平気なんだけど」
「それは知ってる」
 
腰に腕を回し、僕は上目遣いで笑ってみせる。
 
「見るのもダメ?」
 
反対に目を伏せて、息を吐くようにフンは言う。
 
「大丈夫なのは分かってるけど、ちょっと怖い」
 
額をぶつけると、やっと目が合った。
 
「じゃあ、やめるよ」
「何を?」
「んー景色見るのとか」
 
僕はフンを抱きしめる。
思ったよりも身体は冷えていたらしい。
伝わる体温が心地良い。
 
「フンミンの側にいる」
 
顔は見えなくなって、けれど答える声は柔らかかった。
 
「口ばっかり」
 
頬を膨らませても、もちろんフンには見えていない。
 
「本当だよ」
「できるわけないよ。高い所とか景色いい所、好きでしょ」
「できるよ」
 
身体を離し、フンは僕を見る。
冷ややかな風がまた髪を揺らしたけど、その表情は明るい。
 
「しなくていい。好きなことは我慢して欲しくないから」
 
フンの笑みにつられて、僕の頬も緩む。
 
「じゃあ、その時は」
 
見つめ返しながら、僕は言った。
 
「僕が落ちないように、手を繋いでて」
 
腰に回された腕を解いて、両方の手を繋ぐ。
 
「分かった」
 
軽く引き寄せれば、今度はすぐに身体が近付く。
暗くなり始めた天球の下で、僕は目を閉じて唇が触れるのを待った。

2Seopで精神入れ替わりモノ。
「かしこいKS」というのは完全に形容矛盾だなあという思い付きから。
なんでもできて自信過剰なKSなんてKSじゃないよね。
元ネタはもちろん「転校生」とその原作。
ElvinでもSoohoonでもいいけど…男女じゃないとあまり面白くないか。