顔が映るなり、開口一番にキソプは言った。
『曲、聞いてくれた?』
俺は少し驚いて、上擦りそうになった声を飲み込み、静かに答える。
「聞いた。気に入ったよ」
キソプは笑みを見せて、肩の力を抜く。
『よかった』
いつもの、極上の笑みを浮かべて、俺の心臓が跳ねる。
「キソプのパートも良かった」
『ありがとう』
「歌詞も気に入った」
くすくすと笑いながら、下がりかけた黒縁眼鏡を押し上げる。
『珍しく、別れじゃない歌だよね』
俺は真剣な顔を作って言った。
「違うよ」
キソプの大きな目がさらに丸くなる。
『え?』
焦らすつもりで俺は黙る。
察せるなんて、もちろん思ってない。
『じゃあ、何のこと?』
「俺のブログ読んだろ」
素直に尋ねたキソプはきょとんとしたまま。
口が開いてるけど、指摘するのはやめておく。
「説明されなかった? ゴッホの絵、あれ、ニューヨークにあるんだ」
たっぷり数秒固まったキソプは、やっと意味が分かったらしく、その歌詞を口にした。
『星月夜』
俺は笑って、画面を指差す。
「そう、正解」
キソプは本当に俺の指が触れたみたいに、胸元に手を当てた。
そのまま黙って、やっぱり口は開いたまま。
「知らなかった?」
そう聞けば、こくりと頷く。
『聞いた気はする』
俺は眉をひそめようとして、失敗する。
きっと口角は上がったままだ。
「いい加減だな」
非難の言葉は聞こえてないみたいに、キソプはやっと俺を見る。
『そうか、じゃあ次からは』
「ちゃんと歌詞を考えて歌う?」
尋ねた言葉も聞こえてないみたいに、キソプは微笑んだ。
『この曲を歌うたびにジェソプに会えるね』
あの絵は好きだけど、描いたのは俺じゃないし。
ニューヨークにあるけど、俺が持ってるわけでもないし。
でも、まあ。
「そしたら俺は、近代美術館に行くたびにキソプに会えるってことか」
そう言うと、キソプはくすりと笑った。
『うん、絵の中で待ってる』
じゃあ俺は、と言い掛けて、そのまま唇を閉じた。
キソプの口の中で待ってる、とは、さすがに言えないよな。