ケビン兄は朝風呂が長くて、その時間のほとんどは頭の中から寝起きの悪さを洗い流すために使われる。
そのマネをしたつもりはなかった。
何度目かのため息をつくと、扉の向こうからキソプ兄の声がした。
「ドンホ、まだ?」
「あーゴメン、もうちょっと」
バスルームには時計がなくて、自分がどれくらいシャワーを浴びていたのか分からない。
「早くしてね」
「分かった」
扉の向こうの気配が消えて、僕はまたため息をつく。
疲れのせいなのか、別の何かか。
忙しさだけで言ったら、日本にいるときの方がマシなはずなのに。
無理しているつもりもないのに。
ダメだ。
呑み込め、ため息。
深呼吸しようと口を開けると、唇に髪が張り付いた。
閉じていた目を更にきつく瞑り、結局また息を吐く。
ダメだ。
こんなんじゃダメだ。
僕は目を開けて、シャワーヘッドを睨みつけた。
「ドンホ、入るよ」
突然扉が開いて、僕は振り向く。
「もう交代してよ」
声とは裏腹に笑顔のキソプ兄は、シャワーを自分に向けて身体を流し始める。
普段なら奪い返して、出て行けと言うところだ。
しかし、不意打ちをくらって僕は、ヒョンを見上げて思わず黙ってしまった。
「ドンホ?」
反応のない僕に、キソプ兄は怪訝そうな顔になる。
そして、僕の頬を拭った。
「どうしたの? 目が赤いよ」
僕は何度か瞬きして、顔を背けた。
「お湯が目に入ったんだ」
「そう」
気遣わしげなキソプ兄は。
きっと。
泣いたのか、という言葉を呑み込んだ。
「交代だね。もう出るよ」
両手で髪をかきあげて、僕はキソプ兄の横を抜ける。
扉を開けようとしたその瞬間。
後ろからハグされた。
「疲れてるなら、今日は早く寝なよね」
「うん」
「眠れなかったら、ひとりで起きてないで言ってね」
どうせキソプ兄は、先に寝付いているだろうけど。
「うん」
何故か、素直に頷くことができた。
「じゃ、交代」
濡れた頬に唇が押し付けられ、バスルームに音を響かせて離れた。
腕が解かれると、僕は振り向かずに扉を開け、外に出る。
閉めるときにちらりと見えたキソプ兄は、もうこちらを気にしている様子はなくて。
きっと赤くなっていただろう頬を見られずに、僕はこっそり胸を撫で下ろした。