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Espresso Diary@信州松本
さんが『若者はなぜ3年で辞めるのか?』 という本について
城繁幸の本は、日本の若い世代が抱える閉塞感を描いてるといえると言っています。
私が大人になって社会に出て、働きながら感じてきた閉塞感。
真面目に頑張って働いていれば、いつか報われる。とか、蟻とキリギリスの例え話は
きれいな嘘だったと感じた。
昔の体質の大きな会社という組織の中で働くという事は、限りなく奴隷に近いのではないかと
さえ思った。
地味で真面目な人は、そこそこ評価はされるが、真面目だからこそ、サラリー以上の
仕事量を押しつけられ、それでも真面目さゆえ、自分の時間を無料奉仕してきっちり
仕事をするから、さらに利用され、、、、というのを多く見た。
私は、ある程度プロのいろはを叩きこまれてから、そこへ中途で入ったので、
力量も知識もなにもない上司と、育てられる事ない新入社員との間で、力のある稼ぎ頭の
30代の中間層が独立したり、他社へ引き抜かれたりして、いなくなり、
会社に残っているのは、独立も引き抜かれもされない力のない年寄りと、
育てる事なく切られたり、入れ替わる20代。
それでも、会社は経営が少し苦しくなると、雑用でも即戦力で使える20代を切って、
新聞読みに来るだけの天下りを入れ、文具ひとつ買うのも、規制がかかるという
本末転倒のあほ馬鹿経営をし始めた。
どれだけ理不尽であろうと、その組織の一員でいる以上、腹を括って、いろんな無理難題も
呑み込んでみた。
でもこれ以上いたら、自分の身体が壊れる。会社の為になんか死んでたまるかと思って辞めた。
おおよその日本の企業、多かれ少なかれ、どこへ行っても似たり寄ったりだろう。
昔からの大企業のほうが、より酷いように思う。
若い人にも、それなりの責任があるのだろうが、ニートや、損得感情ばかりが先に立つ
20代にしているのは、ある意味、大人とその社会にも責任があるように思えて仕方がない。
どうせ頑張っても損!みたいなそういった諦めや閉塞感が漂う社会。
目先、変わったように錯覚するような小さな変化はあっても、なにもかわらない仕組み。
私は30代だけれども、日本の未来、自分の未来に希望を見出したり、楽観する事が
難しい。
ある種の諦めみたいなものもあるし、これからか変わらないままの日本が、正念場を
迎えて、行き着くところまで悲惨にならないと、変われないのだろうと思っている。
日本の風土や歴史を愛してはいるが、今の日本は嫌いだ。
出て行きたいとさえ思う事もある。
今、考える事は、これからの日本でどうサバイバルするかという知恵をつけるか。
緊張感いっぱいの未来だ。
テレビでお金と仕事を学ぶ為の官のテーマパークみたいなのがニュースで
写されてたのを見てむかついたのは、私だけだろうか?
子供に都合のよい嘘を教え込む。子供を学校へ通わせるリスクみたいなものを感じた。
子供は自然の中で、本物を本能的に感じ取る力を育むのが一番大事な気もする。
話が反れたが、いくら最悪の状況でも、腐って諦めてしなわないように
心を強く持ち、前を向いてやるだけやろうと頑張れる精神力を持っていたいもの。