第 5 話 恋は駆け引き 慎一は一枚の名刺を夏子に渡しただけである。
夏子の名前や電話番号を聞かなかった。
夏子に一枚の名刺を差し出し、手をさしのべただけであった。
その手を握りしめるか、あるいは突き放すかは夏子の自由だった。
一枚の名刺がふたりを急速に接近する赤い糸になるか、ただの紙切れとしゴミ箱行きになるかは夏子の決断次第である。
「慎一はずるい!」という意見も多いことだろう。しかし、恋は駆け引きである。
慎一が名前や電話番号を聞いたとしても、夏子は即座に答えただろうか?
夏子が躊躇することは目に見えている。
いま、夏子は考え始めていた。「なぜ、あの人は私の名前や電話番号を聞かなかったのだろう?
普通の人はすぐに電話番号を聞いたりするのに.....。
私によっぽど関心がないのかしら?」夏子は自尊心にこだわる性格ではない。
が、少しでも慎一に好意を抱いている夏子にとって、疑問符が付くのは自然の成り行きであった。
恋の偶然性はいつか必然性に変わる
慎一からの連絡は来るはずもない。
夏子の電話番号やメルアドを知らないのだから....。
もし、自分が連絡をとらなければ、あの人とはもう逢うことはないかもしれない......
自分からアプローチしなければならない状況にあった。そんな思いが夏子の脳裏を支配し始めていた。
手には慎一の名刺がある。
「良かったら、メールでもください」
あの時の慎一の声を夏子は良く覚えている。
名刺には名前、携帯番号とメールアドレスのみが印字されていた。
榊 慎一 / Shimichi Sakaki
090-885-8○○○5
bmw@◯◯◯.ne.jp
直接電話をかける勇気はなかった。
もし、素っ気ない言葉が返って来たら。それこそ、夏子の自尊心は傷付く。
bmw@◯◯◯.ne.jp
bmw?
外国車の名前?
はたして、慎一の仕事は車関係なのだろうか?
誰もが考える疑問であった。
とりあえず、夏子はスマホに慎一を登録しておくことにした。
いまや、フェイスブック、LINEなど、SNSは常識である。
電話番号を登録すると、やがて夏子のLINEには榊慎一の名前が現れたのである。
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こんばんは、榊さん。
加納夏子です。
覚えていらっしゃいますか?
先日、二丁目の敦煌という中華料理店で榊さんとぶつかりそうになり、その時、お名刺を頂戴しました。
お昼にも2度ほど、お目にかかりましたよね。
本当に偶然ってあるんですね。
メールアドレスがbmwですが、車関係のお仕事なんですか?------------------------------------------------
こんばんは加納さん。
LINE有難うございます。
ほんとに、3度もお目にかかれる偶然ってあるんですね!
加納さんのような美人は絶対忘れない性分ですので....(笑)
車関係ではなく、旅行会社に勤めています。
bmwは好きな車で、思わずメルアドにしていましました(^^)ユーズドカーですが車はBMWに乗っています。
僕はこの8月に銀座に赴任したばかりで、
以前は新宿でした。
だいぶ、銀座にも慣れました。
ランチのおいしい所も覚えたし、
美しい女性に偶然、3度もお会いできたので、
銀座がとても好きになりました。
夏子さんは銀座には詳しいですか?-----------------------------------------------
榊さんて、女性を褒めるの、お上手ですね(^^)
いろんな方におっしゃっているんでしょ!?(≧∇≦)
大学を出てから、銀座も4年目になりますから....。
あら、年がばれてしまうかしら?-----------------------------------------------
誰にでもなんて言いませんよ!3度の偶然でお会いした方にだけです
今度、加納さんの好きなお店をぜひ、案内してください。
もっと、もっと銀座を知りたいので.....-----------------------------------------------
慎一はホントは夏子のことをもっともっと知りたい、、、と書きたかったのだが。
こんなLINEのやりとりがふたりの間で始まったのである。
LINEは電話と違い、メールと同じように相手の都合の良い時に開くことが出来るツールである。
電話は相手の都合もおかまいなし。
忙しいときでも、手が離せない時にでもかかってくれば、気もそぞらになる。そして、1週間も毎日、LINEのやり取りが続いたのであろうか。
ふたりは、会う約束をするのである。-----------------------------------------------
こんばんは!
月並みなお誘いで申し訳ありませんが、今度、映画を見に行きませんか?
作品は「あと1センチの恋」という映画です。
仕事が終わってからでも、最終上映時間には間に合うかと思うのですが.......。
ご都合の良い日で構いません。いかがですか?
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こんばんは。月並みなお返事で申し訳ありませんが、その映画、私も見に行きたかったんです。
白雪姫と鏡の女王に出ていたリリーコリンズの主演ですよね。この間、来日して宣伝をしていたテレビを見て、気になっていた映画です!!
今週の金曜日はどうでしょうか?
しっかり、最終上映時間を調べておきました。19:15です!(笑)
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加納さんも観たかったんですか!?良かった!!
金曜日ですね。
待ち合わせ場所はどこにしましょうか?
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プランタン銀座の2Fにある「アンジェリーナ」というお店に
18時20分ではどうでしょうか?ホントは仕事は19時までなんですが、18時には早退しちゃいます!(^^)
ここって、ガラス張りなので交差点を行き交う人々を見渡せて、とっても好きなんです。
あっ、勝手に決めてしまって良かったですか?-------------------------------------------------
OKですよ。
僕も仕事を早めに切り上げてしまいま~す。 (笑)
では、
金曜日の18時20分
プランタン銀座「アンジェリーナ」で。
お会いできることを楽しみにしています。
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わたしもです!!--------------------------------------------------
そして、ふたりは4度目の偶然の約束をしたのである。
いや、偶然ではなく、必然になっていった.......。
プランタン銀座2F「アンジェリーナ」。
有楽町の映画館ににほど近い、1903年創業のフランスの老舗でココシャネルなどの著名人に愛されたサロンで、濃厚なモンブランケーキで有名なレストラン&カフェである。18時15分、夏子は窓際のテーブルから交差点を行き交う人々に目を奪われていた。
いや、慎一の姿を捜し求めていたのであった。
待ち合わせというのは、とてもわくわくドキドキするものである。
待ち合わせ時間が近づくにつれ、心も高揚する。
しかし、時計の針が1秒でも過ぎると、「何かあったのかしら?もしかしたら、来られないのかしら?」という不安が心を支配してゆく。
慎一は10分遅れの18時30分、ようやく現われた。
『ごめなさい!初デートに10分遅刻しまいました』
『大丈夫です。私も先ほど来たばかりですし、私の時計は18時20分で止まったままですから.....』
『えっ、本当ですか!?』ふたりは通りの向こうにある映画館に歩き始めた。
イギリスの田舎町に育った幼なじみのロージーとアレックス。お互いを意識しながらも友達以上、恋人未満。いつしか別々の道をを歩みはじめるが、、、6才からの12年間を綴った恋の物語。。。
*2014.12.13公開。東京では渋谷、三鷹のみの上映です。
映画を見終わった慎一と夏子は
秋風が吹き抜ける、数寄屋橋交差点に立っていた。
『映画、面白かったですね!』
『ええ、とっても素敵な映画でした。憧れちゃうなぁ』
『あなたは美しいロージー、ぼくはアレックス?』
『ふふふ、嬉しいやら、恥ずかしいやら....」『ところで、夏子さんのシンデレラタイムは何時?』
『シンデレラタイム?』
『最終電車の時刻です』
『あ~、シンデレラタイムですか?23時52分です』
『いま、21時35分。まだ、時間はありますね。僕、お腹ペコペコで。よかったら、なにか食べませんか?』
『ええ。私もペコペコです』
『この近くにいいお店があるんですよ』慎一は有楽町ビルの地下1Fにある「トスカーナの食堂 アルバータ」というイタリアンのお店に行くことにした。
有楽町ビルの表階段を地下に降りてゆく、『とっても、素敵なお店ですね!』
『そうなんです。ぼくもきょうで2度目なんですけれど』
『あら、最初はどなたといらっしゃったんですか?』
『ははっは。恥ずかしい話ながら、男3人なんです』
『ほんとうですか?こんなにおしゃれなお店にですか?!』楽しい時間はあっという間に過ぎてゆく。
午後11時半。
夏子のシンデレラタイムがすぐそこまで迫っていた。
ふたりの心のなかには、いつしか、このまま別れたくないという気持ちが芽生えつつあった。
それは新しい恋のはじまりの予感である。
同じ時間を共有すること。
それがまず恋の一歩であった。
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きょうはお疲れ様でした。
映画も面白かったし、「アルバータ」も素敵なお店でした。
ごちそうにもなってしまって、ありがとうございました。
こんどはわたしがごちそうします。
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楽しい時間をありがとう。
次回はご馳走してくれる_φ(・_・ほんとうですか?何をご馳走になろうかなぁー?(笑)
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そんな他愛もないLINEのやり取り。
数時間前に一緒の時間を過ごした二人。
みじかい時間だっただけに、つのる思いは計りしれない。
会ったばかりのふたりが、明日も会いたいと思う気持ち。
もっと、相手のことを知りたいと思う気持ち。
恋する二人にとっては
ごく自然なことであった。
To be continued.....
この物語はホームページ「りえのすけヴィレッジ」に10数年前に掲載した銀座の恋の物語をリメイクしたもので、時代の変遷とともに、夏子と慎一が訪れた店も多くは閉店されているため、新しく書き下ろしたものである。

