第3話 偶然も必然
慎一が新宿から銀座に転勤してはや1ヶ月が過ぎ、仕事も順調に動き出していた。
それまで買い物は新宿と決めていた慎一だったが、銀座に勤務したことで郷に入っては郷に従え!の言葉のように、知らない街に溶け込むには、まず、歩き回るが手取り早いと考える慎一は精力的に銀座の街を闊歩していた。
そんな訳で夜のネオンに惹かれて居酒屋直行の慎一だったが、昼飯にも全力投球で、いっぱしの常連になれる店を彼は次々と開拓していった。
とんかつ不二
並木通りは海外ブランドが軒を連ねる通りである。昔は老舗が立ち並んでいたが、時代の移り変わりとともに、海外有名ブランドに入れ替わってきている。銀座5丁目から新橋方向に並木通りを歩くと、左手に三笠会館という老舗、その先にはカルチェ、右角にドルチェ&ガッバーナ。6丁目に入ると左手にシャネル。7丁目にはルイヴィトンが並木通りの入り口角地を確保している。まさにブランドストリートだ。そのルイヴィトンの裏手に細い路地がある。袋小路になった細い路地だ。とんかつ不二はそこにあった。今、慎一のなかでマイブームの店で大のお気に入りなのだ。
緑色の暖簾をくぐると、女将さんの柔らかい声が聞こえてくる。「いらっしゃ~い!」
引き戸を開けて入ると、左手にテーブル席が2つ。右側にはL字型のカウンター席が10ぐらいの小さな店だ。テーブル席が2つあると云っても定員は6名。つまり、四人掛けのテーブル席が一つと、2人掛けの壁をと相対しながらの席という変形テーブル席が一つという具合なのである。
慎一は先週から常連客の仲間入りをしたと云えるほど、最近この不二に通っている。
それは女将さんの人柄に惚れているからである。
慎一には気に入った店を見つけると全メニューを食べてみたくなるというちょっと、風変わりな癖がある。いわゆる男のコレクション癖みたいなものだ。
とんかつ不二にしても、安くて美味しく、気持ち良いという三拍子揃った店だったので、全メニューの制覇を目指し通い続けているのだ。
気持ち良いという大きな理由として、通い始めて5日間ぐらいした際、不二の女将さんから『あら、毎日来ていただいているようで有難うございます。お近くなんですか?』
「いえ、2丁目の方なんですよ!あまりにも美味しい店なんで全メニューを食べてみようと思ってこうして通ってるんですよ!アハハ」
すると、『あら~、それは有難うございます。でもね、毎日揚げ物ばかり食べていたら身体壊しちゃうからおやめなさいよ』と商売っ気無しの女将さんの言葉に慎一はますます感激してしまい、また通い詰めているのだ。
11:30の開店を心待ちするようにオープン前には行列が出来る。全席16席なので17番目に並ぶと30分は待つことになる計算だ。最初の組みで入るか、またちょっと時間をズラして行列に加わるかの二者択一である。
せっかちな慎一はもちろん一番乗りを目指す組みだった(笑)
というのも、178cmの長身の慎一はそれなりに足が長い。不二のテーブル席では膝がぶつかってしまうのだ。カウンター席といえば、人が行き来出来るほどのスペースもなく、食事している人の後ろを横歩きでやっと通れるぐらいなのだ。またL字カウンターの長いライン上の席も膝が落ち着けるほどのスペースがない。なので慎一はテーブル席を後ろに見る短いライン上の席を好むのである。
慎一は両面あるメニューのうちの表側メニューは先週既に制覇。今週から裏面制覇に取り掛かっていた。
表のメニューは700円のメンチカツ定食から1,000円のとろろカツ定食。
裏側は1,100円の盛り合わせ定食から1,800円の不二特上定食と、銀座でたべるとんかつ屋さんとしてはかなり廉価なほうだ。その価格も魅力な店である。
慎一は裏面のメニューから上ヒレとエビの特上盛り合わせ定食1,300円を頼んだ。
オーダーした定食が目の前に並ぶまで手持ち無沙汰になる。慎一は人間ウォッチングすることにしている。満席の店内にはサラリーマンをはじめ、築地市場まで買い出しの帰りの銀座の店主らしき姿もあり、その人なりの人生を想像してみるのだ。意外や意外、服装なり言葉遣いにそのひとの人生を垣間見ることが出来るのである。
ふと、常連さんらしき50がらみのおとうさんが慎一が昨日食べた盛り合わせ定食1,100円を頼んでいた。
『きょうはカツはやめて、魚を入れてくれる?』女将さんは『はぁ~い!』と答えながら、調理場にいる旦那さんに、盛り合わせのカツは魚に変更!っと伝えていた。
たしか、盛り合わせ定食はカツとエビの組み合わせだった。
ん?組み合わせって自由なの??
ようやく特上盛り合わせ定食が届いた時、女将さんに聞いてみた。『盛り合わせ定食ってのは中身変更可能なんですか?!』『えぇ、お値段もあまり変わらないので、お好みに変更可能なのよ』という答えが。。。
ってことは、不二は15種類のメニューが用意されているが、あの盛り合わせ定食をオーダーし、中身を変更してもらえば、単純に半分のオーダー数で全制覇することが出来ることになる!!
慎一は苦笑いしながらも、特上盛り合わせ定食を食べ始めていた。
食べ終わって、熱いお茶で一息入れていると、食事を済ませ会計を終えて引き戸から出て行くと、行列をなしていたお客さんが次々と入れ替わりに入ってくる。
慎一の隣の客も席を立ち、引き戸から出てゆくと、若い女性が開いた引き戸から顔を覗かせた。
『あの~、2人なんですけれど。。。』と、女将さんに遠慮がちにお願いをした。
また、外に向かって連れかいるのであろう「夏子~!別々の席ならすぐ座れるけれど、どうする?」と聞いている声がした。
席を見渡してみると、隣同士で並べる席は確かに無さそうだ。
慎一は『女将さ~ん!ボク、もう出ま~す!ここどうぞ!!』と女性に隣の空いている席と自分の席を勧め、会計を済ませることにした。
引き戸を開けると、先ほどの女性が席を空くのを待っていて軽く会釈をしてくれた。こちらも頭をさげる。女性の連れはやはり、若い女性だった。その女性も軽く会釈を返し、目が合った瞬間、お互いに『あっ!』『あっ!』と声を上げた。
その連れの女性は2週間前にナイルレストランで相席になった女性だったのである。
どちらともなく、『この間はどうも!』とまた、頭を下げながらすれ違った慎一と夏子であった。
店内に入ると夏子の友達の典子は『なにな~に、夏子!さっきの男性と知り合いなの?夏子も隅に置けないわねー!背が高くてカッコイイ人じゃないの~!ねぇねぇ、どこで知り合ったのよー!!』
『そんなんじゃないったら~。2週間前にだったか、ナイルレストランで相席になっただけなのよ。』
『ふ~ん。けれど、偶然も必然という言葉もあるわよ!夏子、なんか恋の予感がしない?2度の出会いがあるってことは、3度目もあるかもね~』
『なに、言ってるのよ!
ランチで相席になったからって、恋をしていたら体がいくつあっても足りないわ!
それより、なに頼むのよ~。あたしはエビフライ定食に決定!典子は?』
『あたしもそれでいいわ!』
『すいませ~ん!エビフライ定食2つ、お願いしま~す。』
恋の予感か。。。
そんなのあるわけないじゃない。
名前も知らないのに.....。
でも、ちょっと、ステキな人だったなぁ~。
なんとなく、胸騒ぎをおぼえる夏子であった。
その頃、不二を出た慎一は
ふたりともなかなかの美人だったなぁ。。。
春子?夏子?秋子?冬子?
四季折々!!
夏子さんだったかな?
2週間前、今週、そしてら2週間後にはまた逢える計算!?
でも恋が偶然から始まった!
な~んてドラマみたいな訳にはいかないか!?アハハ
ふ~。9月も下旬なのに残暑厳しき折か~。
しかし、ここのとんかつは何回食べても、うまいなぁ。っと、相変わらず脳天気な慎一であった。
To be continued...
