昨日は突然の雨が降り

子供の傘を学校へ届けに参りました傘




そんな日は

小学校時代


母が傘を学校まで

届けに来てくれた事を思い出します





もしかして

愛されていたのかもしれない

そんな思いがよぎりながら





かつて

通い続けた

自称シャーマンのカウンセラーさんからは



『あなたのお母さんは支配者です。

 精神的虐待の事実を知って下さい。』



と教わり

寝耳に水ながらも




恨みつらみ

怒り憎悪


丸ごと全部お出しなさいなと

促されたりもしましたが





それから8年

自分なりに紆余曲折

学びを進めた今に思うのは



そんなことはどうでもいい









母は確かに自己愛者

であったかもしれないですし



他者を所有物として扱うこと

他責であり続ける精神の未熟さ


はたまた

自分さえ良ければ周りはどうでもいい


という

利己的な支配欲を持つ人

であったかもしれませんが




恨むとか憎むとか

許すとか許さないとか

愛されたとか愛されないとか



どうでもよい







やるべきことは

愛着を修正することであり




忘れ物を取りに来た感覚で


私は

今を生きています






自己愛の人に


『他者の心に寄り添え』


というのは無理な話であると



幼い頃の私は

本質的に悟ったのであろう事を


最近

思い出しました







保育者が

気分次第で与える報酬に翻弄し


たまにもらえる不定期な

パン屑で餌付けされる人生は



不本意でありますし

望む愛ではなかったけれども






誰も彼も母も


精一杯ただ

自分を生きているだけだった



という所に立ち返りました





そんな境地に至れたのも


先日訪れた鞍馬寺パワー

のおかげかもしれません神社




京都の鞍馬寺

貴船神社まで歩きました霧





鞍馬寺の狛犬さんは狛寅

とても宇宙的でありユニークでありました



山に向かって瞑想している人がいたり

ニホントカゲやカゲロウにもお会いして







魔王殿では

後頭部がサワサワするなど

脳内手術を施された感があり





かねてから訪れたいと

切望した鞍馬寺神社

足を運ぶことが出来まして感無量










さて


ネガティブな傷が疼く際には



その痛みを

体の感覚で感じる


をひたすら地道に続けることで



古い自分が手放され


脳の神経回路ごと

新しく書き換わる仕組み






自動反応のままに

感情ドラマにハマる思考に気付き


思考と自分を一体化させずに

観察し続ける







そのようにして


自己を守る為に

身に付けざるを得なかったエゴを削ぎ落とし

蓄積した負の感情を手放しながら




内側に残る愛を大切に

丁寧に生きておればよい