
回想録・・・ばあばがくれた元気
2週間しかいなかった学校とは違い、わたしが通うことになった小学校はかなり"野生的"だった
教壇脇で先生がわたしをみんなに紹介していたが、全員キョトンとした好奇な眼でこちらを見ていた。
初日に頭に残った日本語は・・・"ガイジン"と"シャベレナイノカ"の2つ。
場違いな気持ちで授業を受けるわたしと、ちらちら盗み見する同級生たち・・・
この居たたまれない環境は、3、4ヶ月続いた。
下校時間が待ち通しい日々の中で、いくつもの"差別用語"や"いじめ"を受けたけれど、日本語をまだ理解できていなかった、わたしにはそれほどの衝撃はなかった。
ある日の下校時間・・・下駄箱に行くと、靴がなかった。
どこを探してもなかったので、靴下を脱いで・・・裸足で学校を出た。
何人かの大人が心配そうな顔付きで話しかけてくれたけれど、わたしはニコニコしながらお辞儀をしてその場を急いで通り過ぎた。
(お願い・・・わたしに・・・話しかけなうで。わからないの)
家に着くと、こっそり足を洗ってナニかで切ってしまった傷口にお道具箱の中のテープを取り出して貼った。
体育座りして・・・ぼぉーとテレビを眺めていたら、遠く離れてしまった ばあばが別れる時に鞄へ入れてくれた飴玉を思い出した。
・・・安っぽい味・・・でも・・・おいしかった
この飴玉を、全部食べ終える前に・・・大嫌いな日本語を覚えてやる!
大嫌いな日本人から浴びせられる
"やぁーぃガイジン"とか"なんかしゃべってみろよ"に言い返してやる!
そう思った。
・・・ら・・・大嫌いな・・・涙も・・・出ちゃった。
その飴玉を舐めている時だけ、自分を抱きしめてもいい。と決めた。
だから、それほど多くは入ってなかった その飴玉を大事にだいじに食べた。
胸の裏側を爪で引っ掻くような痛みにこぼれてしまった言葉は・・・
ばあば・・・帰りたいよ。
だった。