あー面白かった!
うん十年ぶりに少女小説を読んだ。
初版は1985年。昭和60年。その年に生まれた人は現在41歳。
48歳のわたしは発行年7歳。
実際に読んだのは中学生だったか高校生だったかなので、刊行されて5年〜10年は経っていたというわけ。
それから幾星霜が経ち、平成を越えて令和の世になり、当時そのままの文章ではどうにもこうにも差し障りがある部分を修正して再版されたのがオレンジ文庫版のこの『愛からはじまるサスペンス』。
差別的だったり表現がふさわしくないとされる部分は削りつつも“らしさ”は失わないように……と苦心されただけあって、懐かしくも古い表現がたくさん残っていた。
昭和生まれのわたしですら戸惑ってしまったのは「C調」という言葉。
意味がわからなくて調べたら、調子がいい、の昭和的表現だそうで、サザンオールスターズの楽曲にも『C調言葉にご用心』があったのでその時代にはよく使われていたふつうの言葉だったのだろう。調子→調C→C調ということらしい。なるほどねぇ。
コバルト文庫版をお持ちの方は修正された令和の再版オレンジ文庫版との違いを比較するのも面白いと思う。
残念ながらわたしはオリジナル版は所有していないので出来ないけれど。
今回書き下ろしのあとがきの前にコバルト文庫版のあとがきが載せられていて、当時の藤本ひとみが80代の祖母から「気持ちは少女の頃のまま」だと言われたエピソードがあった。リアルタイム少女だった頃はきっと「ふーん」とも思わなかっただろうけれども、アラフィフになってもマリナシリーズにわくわくしているわたしには、おばあさまやそのことを少女たちに伝えようとした当時の藤本ひとみの気持ちがよくわかる。
ガワがおばさんになっても、おばあさんになっても、にぶくなった感受性の奥の方に「あの頃」のわたしがいる。
令和アラフィフの常識が「めちゃくちゃだ!!」と叫ぶのを宥めたり、昭和小学生の憧れを抱いたり、平成中高生のトキメキを感じながら、男装の麗人薫とマリナの酒盛りを眺め、ガダニーニ幻の音色を聴き、猫や人間の屍の山に築かれた愛に陶酔したのであった。
ちょっとネタバレ感想
ちんちくりん三流まんが家マリナはこの巻では恋の傍観者。17歳。たぶん中卒。
男装の麗人であり中学校時代の旧友響谷薫とその関係者の恋とサスペンスを漫画のネタにしたいと思っている。
音楽系高校でヴァイオリンの名器ガダニーニの演奏者と、薫の美貌の兄巽の恋人の座を巡っての戦い。
一条さやか、白石マリ……そしてひそかに想うもうひとり。
演奏会の日に事件がおきる。
猫の死骸からの騒動が、殺人事件へと続いていく。
誰がやったのか?
いつから計画していたのか?
それは愛からはじまっていた。





