夏目三久アナ、セクハラ被害告白「空気ができあがっていた」
【夏目三久/モデルプレス=4月25日】フリーアナウンサーの夏目三久が25日、TBS系情報番組「あさ..........≪続きを読む≫
辞任が承認された福田淳一財務事務次官のテレビ朝日女性記者に対するセクハラ問題について連日報道されている。
世界的なムーブメントになっている#MeToo運動とも関連して語られることが多い。
しかしMe Too運動とはまったく違う経緯をたどっている。
政争の道具にされている点、被害者が記者という点、証拠とされる音声の真贋が怪しい点。
なにより、被害者である女性の姿が見えない点。
これこそが一連のセクハラ騒動の深刻さをあらわしている。
セクハラ被害があったと週刊誌に情報を流したのは誰なのか?
何の目的で?
被害者女性の人権を守るため?
スクープのため?
政権を揺るがすため?
セクハラがダメなのは決まりきっている。
1年以上にわたってセクハラを受け続けたという女性記者。
なぜ初回で逃げなかったのか?
記者としての職業的使命感か。
その程度我慢して当然という空気のためか。
セクハラは不快だけれど、気に入られていると解釈すれば取材はうまくいっている、いいネタが拾えるかもしれない、と思ったのか。
上司に女であることでもなんでも利用できるならしろよ、それがプロだろ、と言われたのか。
そこに下心はなかったのか。
スクープがとれないなら、セクハラで訴えればそれはそれでいいネタになる、と。
事務次官、ひいては任命責任のある麻生大臣、そのうえの安倍総理を叩けるぞ、と。
セクハラを受けたとされる女性は何を思っていたのか。
吐きそうなほど苦痛なのに福田事務次官と会っていたのだろうか。
MeToo運動と決定的な違い。
Me Too運動はセクハラ被害に遭った女性が「Me Too(わたしも)!」と声をあげること。
セクシャルハラスメントを受けて傷ついた。しかし誇りは傷ついていない。
ハラスメントは受ける方ではなく、与えたほうの問題なのだから。
だから胸を張って声をあげよう。
毅然としてNoと言おう。
そういう運動だ(と、わたしは解釈している)。
しかし、日本でMe Too運動はまったく盛り上がっていない。
性的被害に遭ったというと、それだけでキズモノになったと思われるから。
汚れてしまった、と思われるから。
女性をキヨイ(聖い 清い)としているからこその強い反発だから根深い。
たとえば、セクハラ被害というと被害者はつねに女性とされる。
もちろん多くの場面で女性が被害に遭っていると思う。
しかし、和田アキ子が飲み会で無理やり出川哲朗にキスをしただとか、久本雅美がイケメン俳優のお尻をねっとり撫でまわすのはセクハラではないのか?
芸能界のお笑いの流れで語られるからアリとされているけれど、似たような事例は一般にもある。
女子トイレに男性が入るのは一発アウトの痴漢だけれど、混み合っている場合に男子トイレにおばちゃんが駆け込むのはアリ?
これらはすべて男性は性欲旺盛で、女性は性的に淡白で受け身だという先入観によっておきている。
男子トイレに駆け込んだおばさんが性的な興奮のためでないなんて、誰にもわからない。
男性に性欲があることは自明の理とされているのに、女性にはそれを認めない。
女性の性欲をけがらわしいはしたないだらしないと感じている。
ときおりウーマンリブやフェミニズムの流れで「女も性欲がある」と言い出すけれど、ほとんどキワモノ扱い。
眉をひそめるのは男性だけでなく、当事者の女性もだ。
ごく一部の変人以外は「女の性欲」なんて直視したくないと思っている。無いことにしたいと思っている。
少女のときは性に無知で純真、若い女性になったら性の対象とされる、中年を過ぎたら性に無関心。
そうであれと思っている。
日本社会の性の問題では、いつも男性が主体だ。
だから「Me Too(わたしも)!」と声をあげられない。
くだんの女性記者もそう。
いやしくも記者という職業なら、自ら発信するのが筋ではないか。
可哀想な被害者女性という誰でもない物語のピースではなく、ただひとりの自分として、意思あるひとりの人間として「わたしは嫌だった」と。
セクシャルハラスメントに対してNoと言うのは、自分の意に染まない性的役割を押し付けられることへのNoだ。
「おまえはババアだから対象じゃない」「お前はエロい体だから対象だ」
そうやって一方的に決めつけられることへのNoだ。
あなたにも選ぶ権利があるように、わたしにも選ぶ権利がある。
誰かに性的な興味を持つことは間違いではない。
「おっぱい揉みたい」がイコールでダメじゃない。
ムラムラするのはダメじゃない。
睡眠欲や食欲のように、性欲は健全そのもの。
しかし、それはコントロールしなければ文明人ではない。
自動車の運転中に眠ったらダメだし、他人のお弁当の唐揚げを食べてはいけない。
合意がない相手にエロいことをしてはいけない。
それは相手が女性でも、男性でも、誰に対しても。
ここで1つ振り返りたいのは、福田元事務次官がセクハラを否定している、ということ。
誰もが女性を被害者だというけれど、冤罪なら福田元事務次官こそが被害者になる。
カワイソウな女性が被害を受けたと言うならば、男は性犯罪者だ!地位を!名誉を!すべてを剥ぎとれ!証拠など必要ない!釈明など聞かない!有罪だ!火あぶりだ!
マスコミが作りだそうとするヒステリックな空気。
性犯罪は推定有罪だ。
「セクハラ!」と言われたらその時点でアウト。
痴漢と同じ。
痴漢をなくすことが目的なのに、そこには注目されない。
「痴漢だ」と言われたらそれで社会的に終了してしまう。それが勘違いでも冤罪でも。
疑いをかけられたら魔女に決定。
性犯罪は心を殺す重罪だからこそ、慎重に扱うべきなのに。
福田 胸触っていい?
記者 ダメですよ。
福田 手しばっていい?
記者 そういうことホントやめてください。
↑
上記のようなやりとりがあった、とされている。
はっきり言ってキモい(気持ち悪い)。
こんなやりとりが会うたびに繰り返されていたのかと思うとゲンナリする。
こんなことを言っておいて「セクハラしたという自覚はない(キリッ)」なんてどういう感覚なんだ?と思う。
同じことを言われたら福田元事務次官は「どうぞどうぞ」と胸を触られ手を縛らせるのだろうか。
たとえ好意を持っている相手だとしてもドン引きなセリフではないか。
恋人同士でもキツいセリフだと思う。
しかし、このやりとりが編集されていないという証拠はなく、本人の音声かも判明していない。前後の流れもわからない。
被害者とされる女性が直接訴えてもいない。
騒いでいるのは外野だけ。
被害者とされているひとは何も語らず、加害者とされているひとは否定している。
これでは何もわからない。
もう一度言いたい。
なぜ性的な事柄で女性は部外者のように扱われてしまうのか。
なすがままの人形のように。
聖女と娼婦しかいない?
そんなわけはない。
大多数は普通の女だ。
きよくなく、けがれてもいない。
セクハラされたくらいでは汚れない。
これはわたしの想像だけれど、福田元事務次官がセクハラした気がしていない、というのは、主観的には真実だと思う。
女性記者はエロい発言に「やめてください」と言いつつ、いわゆる「イヤよイヤよも好いのうち」と勘違いさせるような態度もとったのだと思う。
嫌悪感も露わに「これはセクハラです。やめてください。次は訴えます」なんて言えるわけがない。なにしろ相手は取材対象なのだから。
プライベートで仲良くしていると勘違いさせることで、他では話していないことも話してもらう。そのために夜にふたりきりで酒の席につく。
「自分がいい仕事がしたい」と思えば多少の理不尽も我慢してしまう。
それこそがセクハラだと言えばもちろんその通りなのだけれど、それを利用してやろうという下心があるからこそ発生する事態とも言える。
女性に取材する男性記者や、女性顧客に対応する男性の営業マンで、セクハラに遭っている人間もいるのではないだろうか。
女だから被害にあうのではない。
男だから加害者になるのではない。
立場が違うから、そういう状況になってしまうのだ。
自分の性的自由の一部を切り売りすることを自覚的にやって、あとでそんなつもりじゃなかったと言えば、それはハニートラップと言われても仕方がない。
イヤなのに嫌と言えず、上司に訴えても聞き流されたなら、それはパワハラだ。
誰もがそれぞれ性の自由を持っている。
セクシーな声、いい匂い、ステキな相手にムラムラするのは自然なこと。
キモい相手にムラムラされたら虫酸が走るのも自然なこと。
個人差はあれど、ムラムラするのはおっさんの専売特許ではない。
少女もおばさんもムラムラするし、青年でもムラムラしないこともある。
ムラムラするタイミングもあればしないタイミングもある。
体調や相手や気分でかわってくる。
「そうであるべき」
勝手に決めつけないでほしい。
しっかり調査もしていないのに、何が起きたのかわかっていないのに。
女性は一方的に搾取される性ではない。
いつもいつも女性が可哀想な被害者でいつづけなければならない「空気」が許せない。
それこそがもっと大きなセクシャルハラスメントだと思うのだ。
だけど同じことを言っている。
自由を!
気分がのればOKだし、そうじゃなければNo。
断る自由があるならこんなに息苦しくはない。
夏目三久アナ、セクハラ被害告白「空気ができあがっていた」
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