3月、残業続きの帰り道、同僚に、謎解きイベントに参加してみたいけれど一緒に行ってくれる友だちがいない、と、つぶやいたら、行きましょう!と誘ってくれた。
約束した謎解きイベントは、私のゴールデンウィークで唯一の遠出だった。
その日、都内の待ち合わせ場所に向かう電車の中で、母の通うデイケアから着信があった。
良い知らせであるわけがない。
途中下車して折り返すと案の定、ヨシエ様が今日はめまいがするから帰ると仰っているので今から迎えに来てほしい、との呼び出しだった。
熱は平熱、血圧も正常、血中酸素濃度も異常はないのですが、とのことだった。
チッ。
母は2週間に1回ほど、朝の登園拒否がある。
足が痛いだとかめまいがするだとかへちまだとか言う。
その都度なだめすかしているのですが、最近は先手を打って、朝、電話で励ますことでなんとか機嫌を損ねずに通ってくれていた。
なのにこの日に限って朝の電話を忘れてしまった。
呼び出しがあった以上迎えに行かないわけにゆかない。
連休の貴重な1日を私のために割いてくれた同僚は、既に待ち合わせ場所に着いていた。
事情を伝え平謝りすると、連休の後半も暇にしているのできっとリベンジしましょう、と、慰めてくれた。
申し訳ないやら情けないやらで泣きたくなりながらとんぼ帰りした。
病院にも連れて行くようにと言われているので実家に保険証や診察券を取りにゆくと、ヘルパーさんの残したノートには予想どおり、どうして行かなきゃならないの、と不機嫌をまき散らして出発した様子が記録されていた。
年を取って大分穏やかになったのですが、母は若いころから不機嫌のスイッチがあちこちにあって周囲に気を遣わせる。
今回も不機嫌が治らないまま、呼び出しに至ったものと思われた。
デイケアの玄関で待っていると、車椅子に乗せられた母が登場した。
私をみとめると、悪かったわねぇ、と申し訳なさそうな顔をした。
これから病院に行くよ、というと驚いて、大丈夫よ、と言う。
大丈夫だろうよ。
でもめまいがすると言われた以上、病院の診断を仰がなければ今後もデイケアに通えません。
車に乗せ、めまいは大丈夫?、と気遣うと、めまいがするなんて誰かが言ったの?、と気色ばんだ。
あんただよ、とも言えず、やれやれと思いながら休日診療の病院に向かった。
短期記憶力が著しく低下している母は、自分が言ったことなどもうケロリと忘れているのでした。
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休日診療の待合室は、腕を骨折した中学生や庭の池で足を滑らせ頭を打ったおじいちゃんなどが順番を待っていた。
おじいちゃんは付き添いの娘に、二度と池を見に行くな、と大声で怒鳴られていた。
怒鳴られているおじいちゃんを見るうち、私の中のいらいらが消えていった。
おじいちゃんも母も、娘に迷惑をかけたかった訳ではない。
池を見たかっただけだし、デイケアに行きたくなかっただけなのです。
ささやかなやりたいことも自由にできなければ、今日は家にいたいなー、というのも許されない老人の気持ちを考えると、少し悲しくなった。
診察室に入ると若い当番医がひととおりあれこれ確認してくれた。
どこも悪くないため、困って奥の部屋にいたベテラン医師を呼んできた。
ベテラン医師に、めまいは収まりましたか、と尋ねられた母は、
「めまい、というほどのことではないですけれど、ふっと立ち上がったときにクラっとすることってありますでしょう。」
と、可愛らしく首をかしげた。
いつそのめまいを感じましたか、と聞かれて、おととい、かしら、と答えていた。
今日はいかがですか、と聞かれると、今日は別になんとも、と、ついに口を割る。
ベテラン医師がベテラン刑事に見えた瞬間だった。
今日なぜ病院に来なければならなかったのか、もはや誰にもわからなくなった。
「そうかー、どうしましょうかね。今日は一旦帰って、様子を見る、ということでよいですかね。。。」
異存があるはずもない。
母はただただ、機嫌が悪かっただけなのです。
医師たちもわかっていたに違いない。
母自身、やっちまったな、と思い始めているようだった。
忙しいなか、丁寧に母の相手をしてくださったふたりの医師に、深く頭を下げて家に帰った。
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こうして私のゴールデンウィークの一日は介護に終わった。
優しい同僚が仕切り直してくれて、連休最後の日に、こちらのイベントにチャレンジしてきました。
会場は普段私が働く街です。
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東京駅前の丸善で待ち合わせ、参加キットを購入。
以下謎解きの問題になった現場のほんの一部の写真です。
私が社会人になったたころは、こういった趣のあるオフィスビルが左右に立ち並んでいた。
真偽のほどはわかりませんが、皇居を見おろすのは不敬にあたる、という理由で、建物の高さが制限されている、と聞かされたことがある。
今はつんと澄ました高層ビルばかりになってしまった。
皇居も見おろし放題。
箱根駅伝スタート地点/ゴール地点にはこんな銅像が。はじめてみた。
歴代優勝校。一杯になったら横に広げるのかな。
東京駅前に毛沢東像みたいにそびえる井上勝君の像。
仲通りに点々と置かれたアートの数々。
いずれも巨大、かつ小さな子どもが見たらうなされそうなビジュアルです。
↑いつも心のなかで花輪くん、って呼んでいる。
これは草間彌生さん。かぼちゃ。
途中人気の回転ずしで腹ごしらえ。外国人観光客多し。
40番目だったので謎解きしながら順番を待った。
入店後、隣り合った中国人観光客の二人連れ(金正男似)と、互いの食欲を讃えあった。
私はグリコジャイアントコーンで充分美味しいと思っているのですが、カカオサンパカでアイス。
謎解きは、こうして街の飲食店にも貢献しているのですね。
重要文化財の明治生命館。
昔ここの地下のオイスターバーで窓際に荷物を置いたら、文化財なので、と注意されたことがある。
今は同じ場所がウルフギャングステーキハウスになっている。
先日の歓迎ランチの際、荷物は膝の上に置くように、と、したり顔で皆に教えてあげたら、窓際をお使いください、と、お店の人に言われてちょっぴり恥ずかしかったです。
ティファニー前のお花。造花かと思ったら生花だった。
無時クリア!!
規則性を見つけたり計算したりが得意な同僚と、とんちやひらめきに強い私は、まるで右京さんと亀山くんみたいに良き相棒でした。
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あれから母は大人しくデイケアに通っている。
みきに迷惑をかけてしまったと、反省しているのかもしれない。
最近母は、私の結婚式のアルバムを繰り返し眺めている。
私の写真を見ているのではない。
昨年2月に亡くなった弟のタカユキの写真を見ているのです。
タカユキの顔が見れるから、
と、申し訳なさそうに言われ、かける言葉がみつからなかった。
その弟の命日のころ、母に、どこか行きたいところはある?、と聞いたらハワイに行ってみたい、と言われてびっくりした。
海外旅行には常に後ろ向きで、私たちがロサンゼルスにいるときも、猫がいるから、とかあれこれ並べ立てて、来てもらうのに難儀した。
ハワイに行きたいと思っていたなんて、知らなかった。
色々なことがあってなお、明るく前を向いて生きようとしている母が頼もしく、この夏はハワイに連れて行くことにしました。
弟も、飛行機に乗って母と海に行きたがっていた。
みんなで一緒に行こう!
繁忙期に休暇を取ることになるので、今必死に働いています。