東京・歌舞伎町の路上で、居酒屋チェーン「鳥貴族」の系列店を装った違法な客引きを繰り返していた男女15人が書類送検された。
しかも大学生などを含む客から高額な料金を巻き上げていたらしい。
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私は仕事で、東日本大震災の1年後ぐらいから数年間、新入社員を引率し、復興支援のボランティアに参加した。
ボランティアセンターからは例えば、散らばった家財道具などを「ごみ」と言わない、など、細かいアドバイスがあった。
言葉を失うような状況のなか、どの土地に行っても人々の健気に前を向こうとする姿に胸を打たれた。
ボランティアは年々震災の跡を整備するといった要素が薄れ、地域に新しい経済や文化を呼び込むような活動が多くなった。
ある年参加したボランティアは、何年も前に廃校になった小学校を、宿泊施設にリノベーションする活動だった。
あちこちに虫の残骸が散らばる宿直室を、新人女子とともに悲鳴をあげながら掃除する。
地域の人たちが時おり足を留めて、思い出の詰まった小学校を再生してくれてありがとう、と声を掛けてくださる。
校庭で、東京駅と同じという天然スレートの屋根瓦の泥をひとつひとつひたすら洗い流す。
私は岡山のグループ企業から参加した若い男性と一緒に作業をすることになった。
東北の春はまだ寒く、水は冷たかった。
はじめは無言で洗っていたけれど、少しずつ会話するようになった。
朴訥とした岡山弁が温かかった。
東京へ戻る新幹線の中で、岡山へは今日戻るのかと聞くと、これからひとりで六本木に行こうと思っていると言う。
ショーパブ「金魚」で、ニューハーフのショーを見て帰る、と決めてきたのだそうです。
半年前に結婚したばかりなので、女性のいる店に行くのは奥さんを裏切ることになる。
どうしたら綺麗な人と飲め、かつ奥さんを裏切らずに済むか考えにかんがえた結果、「金魚」しかないと思った、と大真面目に言うので笑ってしまった。
結局わが社のネモト君が彼につきあうことになり、東京駅から夜の街に揃って直行した。
別にいいのに次の日ネモト君が報告に来た。
結局六本木は諦め、歌舞伎町のショーパブに行ったのだそうです。
若いネモト君と岡山君はお姉さんたちにとても可愛がられたらしい。
復興ボランティアの帰りだと言ったら、偉いわねえ、と皆に褒められた。
ショーが終わると周囲の大人たちがお姉さんの胸元に万札を挟みはじめた。
びびりながらふたりもお札を取り出そうとすると、
「あんたたち、
こんなとこで使うお金があるんだったら、」
「東北に寄付しなさい。」
と、野太い声で怒られたと言う。
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歌舞伎町には昔、ど真ん中に大きな噴水があった。
男子学生たちが酔って飛び込んだりして、思い出の中の歌舞伎町は明るかった。
社会人になって先輩が貸してくれた大沢在昌の新宿鮫を読み、歌舞伎町ってなんて恐ろしい街なんだろう、と思った。
以来あまり近づいてはおりません。
あの噴水のあった辺りに昨年、歌舞伎町タワーがオープンした。
街の印象も、また少し変わるのかもしれません。
歌舞伎町独特の猥雑さは変わってほしくないけれど、今回の摘発を機に安全な街になってくれたら良いな、と思った。
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私たちがほんの少し再生のお手伝いをした施設。 ↓
当時、左奥の山から校庭に向かう長いすべり台があって、ネモト君はツナギのお尻を破きました。
復興支援のボランティアでは役に立てた実感が全くありませんが、忘れないでいてくれるだけで嬉しい、とあちこちで言われたことを思い出す。
私も岡山君もネモト君も皆さんのことは一生忘れないと思います。
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