看護学校入学後
やはりほぼ女の子ばかりだった。
彼女も何回かできたりしたが馬が合わなかったりしてすぐ別れた。
男は少ない分みんな仲良しで、異性だとかは関係なく仲のいい女友達もできた。
勉強は高校の授業より大学の講義はるかに長かった
さらに解剖生理学、看護概論など
体の構造はホメオスタシスによって~
消化器の胃の酵素は~
フローレンスナイチンゲールは~
僕は初めての授業で39.6度の知恵熱を出した。
農業高校で二時間草集めや水やりをしていた僕には体がついていかなかった。
だが授業はなるべくさぼらないようにしていた。
自分も遊んでなかったわけじゃないけど、引越し屋や工場、コンビニのバイトをしながら頭が悪い分それなりに復習や予習をして学校の講義にも慣れて行った。
その間でサッカーや飲み会などでわいわいしたりもしていた。
悪友もできたが彼はパチンコにはまりすぎてやめていった。
やはり違う大学に行った友達は、学校サボって海やスノボーや海外や毎日遊んでいて羨ましく思うこともあった。
だが、自分は母が亡くなり、こんな頭が悪い自分を父が大金を出して大学に入れてくれたこと。勉強もせずに遊ぶのは父に対しての申しわけなさがあった。
なんとか看護実習までたどり着き
一日の睡眠時間1時間の生活を乗り越え、先生と現役看護師達の圧力に友人達と共に耐えていった。
そして、さまざまなことが勉強になったが、現場では積極的に発言や行動をすれば、仲間や先生達が認めてくれるということを学んだ。
そして最後の看護国家試験という壁にぶち当たった。