坊やにおすすめしたいw
小学校を作った方の本を読んでいたのですが
その学校がヒントをもらったという
そのお言葉がもうドンピシャすぎて泣けるぐらい嬉しかった😭
「われわれは、すべての迷信、因習、そして偽善から解放されたとき、その時はじめて教育を受けたといえるのだ。」(「教師の手記』、一九一五年)
私自身の学校嫌いは
学校が押し付けてくる迷信、因習、偽善という洗脳に、その違和感のなかで苦しんでいたので、まさかのそれそのものを解放すること!と言っている人がいるなんて、、、、😭😭😭
それを学校のヒントにしてるなんて夢すぎる😭
いままでに、そんなことを言っている人に私は出会ったことがない😭😭
ニイルにとって学校の使命は、知識や価値観を子どもたちに「伝達」することではない。一人ひとりがみずからのものの見方、感じ方、考え方を形成して、自分自身の生き方ができるように援助することだ。子どもたちのこのような成長を妨げているのが、生後に親や教師や社会から加えられた禁止、脅し、心理操作などによってできた既成の道徳と本来の自分自身との葛藤だと、ニイルは言い切る。
共感しすぎて首がもげそう。笑
私が、1番に求めてきたことはまさに、ここ。
一言で、洗脳やめろ。笑
自分自身の生き方尊重してくれぃ。
既成の道徳と本来の自分の葛藤。
このギャップが大きければ大きいほど、苦しみになるが、また自由への道でもある。w
大抵は飼い慣らされ、盲目に生きるからね。笑
本来の自分という肉体的な機能として難聴ゆえに、既成の道徳に馴染めなかったことは、今はその苦しみの大きさが本当にラッキーだったと思う。
だから苦しみ=悪でもない😂
苦しみ=悪
幸せ=善
とかそういう方程式はないのが面白いところ.笑
全ては善悪なく起こることは起こる。
「困った子というのは、実は不幸な子である。彼は内心においてたたかっている。その結果として外界とたたかう。」(「問題の子ども」、一九二六年)
まさに。問題児とは、内面で戦っている。w
こんなのはもう大人も同じや。笑
「自分自身の生き方をする自由」
これがサマーヒルという学園の究極の目標である。
自分自身の生き方をする自由。
それだけでいいと思う。それを尊重できるかどうか。それは家庭においても。もっというなら社会においても。
まー今の社会は逆行してますが。笑
超監視管理社会へ向かってる.笑
2026年現時点でのこの地球ゲームでは破壊と創造の破壊の目前なのでw
システムの破壊の足掻きとして
特に今の日本社会の多数の学校は妨げ、洗脳、盲目にさせることを加速させていくのだろうなぁというのも
これから起こることの変化期として学校で起こっていると聞くので(小学校でもSDGsという一見美しいスローガンの洗脳があるとこはあるらしい笑)
その盲目にさせる方向へわざわざ歩ませることがわたしとしても意味があるのか?
洗脳されるぐらいなら不登校の方がマシ。
と思ってしまうw
(小学校で盲目プレイわざわざやってからの気づくルートを子どもたち、やる必要ある?と思ってしまう)
まぁ、盲目になったっていいのだけど。
それすらも自分が決めてきている。
だけれど、坊やが2年も待って(お腹にいる時に聞いた話笑)
私の元へ舞い降りてきてくれたということは
盲目への道と自由への道の切符を
あまりにも違いすぎる二つのシステムの対比や
構造を教えてもらい、選びたいということを
織り込み済みだとおもうのでw
こういう選択肢もあるよーと教えています。
学校見学行くのが楽しみだな〜♡♡
坊やはどんな道を選ぶのだろうか?
個人的には
洗脳しないという土台の上で
自発的に学べる学校があるなんて本当に夢のよう!
わたしは洗脳はされてないかもしれないが
その後の社会性という学びが欠如している自覚が大ありなので私が学びたいぐらいだ。笑
しかし、究極的には善悪すらもないので
普通の学校にしろどんな学校にしろなんだっていいんですよねw
実際、ダンなっちは既存学校へ行き
しかも普通に学校楽しそうだったぽいし
その上で既存システムにハマらず自由に生きているのを見ると
学校というより個体差だなとおも思う。爆
そんな彼も言っていた。
学校で頭が良かったやつは総じてつまらないやつになってる。と。
残念だけれど、優秀な人ほど、盲目になりやすい構造になっている。
優秀=既存の道徳を遵守できる能力が高い
普通=遵守しながらバカにされないように生きる
バカ=固定概念クラッシャー
はわりかし当てはまっていると思う。
どちらが良い悪いでもないのだが。
夫婦揃って固定概念クラッシャー😂のところにきてくれた子供達は本当すごいと思う。笑
♡
坊やに写真撮ってもらったら上手でびっくりした。笑



















