先日、NYのミュージカルの出演者であり、翻訳者であり、僕の大親友の
倉田志乃フランシスが来日しました。

彼女の紹介については以前書いたこちらのブログをご覧下さい。
http://ameblo.jp/rickytickyasu/entry-11536897360.html

パワフルで、キュートで、パッションに溢れた彼女。
僕たちは嵐のような5日間をすごしました。

稽古は半日が1回と1日が1回。
少ない時間、離れて作品を一緒に作っていた時間、今までの時間、
全ての時間を紡ぐかのように、大切に時間が流れていきました。

そんな稽古の中で、2曲、動画を作成しました。
白い壁の前で二人で歌った動画です。
カラオケ音源を流して、生で歌った1発テイクです。

曲の紹介、作品の紹介、フランの紹介、
様々な意味を込めながら2つ動画をご紹介します。

まずはこちら。IN THE DARK
停電したNYの部屋で、恋人たちの思いが交錯する大事な曲です。
この動画はその冒頭・・・

IN THE DARK





停電の夜の暗闇の中で、二人の心が歌になる。
そんな素敵なことを聞いて、最初に聞こえて来たのはバイオリンでした。
まだ録音していませんが、前奏のメロディーはバイオリンになります。

どこかクラシカルで、どこか暖かい、曲を目指しました。

それと、この曲は、時間という概念がとても印象的で、
どうにかそれを表現しようと、時計の秒針の音を入れてみました。
そこに、オルゴールの音色を重ね、なんとも、ほろ苦い雰囲気になったのではないかと思っています。

サビのユニゾンとハモリを繰り返すフレーズは、自分が歌うのを忘れて難しく作りすぎました。
NYの本番までに、もっと2人で練習して、美しい響きにしていきたいと思っています。

つづいてこの曲。WHAT CAN BE DONE IN THREE MONTHS
NYに行く飛行機の中で出会い、恋に落ちた二人。
一緒にいられるのは、観光ビザの期限である3ヶ月。
フルバージョンでお届けします・・・

WHAT CAN BE DONE IN THREE MONTHS





こちらの曲は、翻訳前のオリジナル歌詞をご紹介します。

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  "What We Can In Three Months"
  作詞:石丸さち子 作曲:伊藤靖浩

  幸せの重さって 何ではかるの?
  一瞬の重み?
  束ねた時の重さ?
  幸せの最中にはかるもの?
  幸せが終わった時にはかるもの?

  「……3ヶ月。」

  3ヶ月あれば 何でもできる
  世界旅行 外国語の習得
  映画の撮影 会社を作る
  整形して別人に変身!

  「……わたしたちの3ヶ月。」

  1日目にして キスとベッド
  2日目 NY制覇の散歩
  3日目には またパーティー
  毎日がお祭みたい!

  寝た後で後悔した
  男と寝た後悔じゃない
  この人は大事 そう思ったから
  大事な人とは すぐ寝るべきじゃない
  このわたしが……らしくもない……

  同じ悩みを持ってる
  子供の頃はそれで愛せた
  大人になるのは 複雑で嫌
  大事な人だけど 一緒にはいられない
  このわたしが……らしくもない……

  スコットとゼルダは 幸せだった?
  輝く日々
  泡と消えるお金
  踊り続けたダンスの酔い
  飾る喜びの後にすべて喪った

  お祭の後は寂しい
  だからお祭って怖い
  お祭が好き 生きてる感じ
  終わりがあるから 今が怖いのも本当
  このわたしが……らしくもない……

  台詞「……わたしたちの3ヶ月。もうあと1ヶ月の猶予期間。」

  3ヶ月でできること
  3ヶ月でしかできないこと
  3ヶ月を4回重ねて1年
  3ヶ月を20回重ねて5年
  3ヶ月を40回重ねて10年

  幸せの重さって 何ではかるの?
  一瞬の重み?
  束ねた時の重さ?
  幸せの最中にはかるもの?
  幸せが終わった時にはかるもの?

Copyright © 2013 Sachiko Ishimaru All Rights Reserved.

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この曲は、作詞も作曲も、生み出すのにとても時間がかかりました。
何回も作りかえた、というのではなく、大切に大切に作りました。

3ヶ月という限定された時を思う二人。
幸せな時間、そしてその幸せが終わる瞬間。
3ヶ月を40回重ねた10年後。
そして、永遠の時間。

そして、なによりも、それについてを想う「今」この時。

幸せの重さって何ではかるの?

という問いに、どうにか僕が絞り出した答えです。

IN THE DARKの作曲とちがい、没頭して作りました。
これでここをこう表現、なんて余裕はなく。
ただただ、シンプルに、ストレートに、
歌詞や作品や彼らと向き合いながら作りました。


この2曲が、今作っている、NYで夏に公演するMUSICALの一部です。
なんと、あと11曲あります。
NYで稽古をしながら、他の曲も少しずつご紹介していければと思います。

自分の曲をこんな形で発表するのも初めてです。
曲について語ったのも初めてです。
恥ずかしいような、誇らしいような、不思議な気持ちです。

もし曲を聴いて感想等ございましたら、コメントやメールやメッセージを頂けると、とても励みになります。
ぜひぜひ、よろしくお願いします。

伊藤靖浩

続けてのブログ更新失礼しました。
もしよろしければ、もう一つの記事も重ねてご覧ください。

曲を作るときに必要なもの。
http://ameblo.jp/rickytickyasu/entry-11544089808.html


「私にとって絵とは、好ましく、楽しく、きれいなもの・・・そう、きれなものでなければいけないんだ。
人生には不愉快なことがたくさんある。だからこれ以上、不愉快なものをつくる必要なんかないんだ。」

19世紀のフランス印象派の代表画家の一人である、ピエール・オーギュスト・ルノワールはそう言ったそうです。

今取り組んでいるmusicalの主人公は、画家で、ルノワールのこの考えに心を奪われます。
作品中には「絵を描く時に必要なもの」という曲があり、画家として、男性として、人間としてその曲を歌います。

フランとの日本での稽古を経て、一度は完成していたこの曲を作り直すことになりました。
一度完成し、愛していた曲を、作り直す。
文字にすると、なかなかシンプルですが。
作業としても、心としても、なかなかに大変でした。

そして、一昨日、その曲は出来上がりました。

石丸さんが新たに追加した歌詞、新たな構成、コンセプト、人間。
僕が新たに作ったメロディー、構成、調性。
色々なものが組み合わさって、同じようであるけれど、まったく違う1曲になりました。

Ges-durで始まり、B-durを経て、D-dur、Ges-dur、そして、B-durで曲が終わります。
なんのこっちゃって話ですよね。

D-durに行きついたのが驚きでした。
あまり、好きな調ではなくて、この曲で作ることは非常に珍しいことなので。
(ちなみに、Ges,Fis,G-durが好きです。)

色々な調を試してみたけれど、僕の中での、彼の現在はD-durの色彩なんだなと思いました。

僕はいま、

ルノワールが思う、「絵を描く時に必要なもの」
彼が思う、「絵を描く時に必要なもの」
に、想いをよせて、妄想し、曲を作り出した過去を思い出しながら、自分のことを考えています。

僕にとっての「
曲を作るときに必要なもの。」はなんだろうか。
書き出してみようと思います。

【曲を作るときに必要なもの。】

ピアノ、歌詞を書いた紙、必ず紙であること、
録音用のパソコン、鉛筆またはペン、

眠くない状態であること。
絶対に落ち込んでいたり、後ろ向きな気持ちになっていないこと。
前作った自分の曲や、世界に溢れている様々な曲のことを完全に忘れること。
妄想に没頭すること。

飲み物
水、珈琲、炭酸水、シーシーレモン、白ワイン、赤ワイン。
用途と状況に応じて使い分けるようにする。

タイミング
締切がある場合、ギリギリにつくらないこと。
ない場合、最も自分が幸せな瞬間を探すこと。

時間
ピアノの前ではできるだけ悩まない。
ピアノに座る直前まではあらゆる可能性や、方向性を模索すること。
変にテンションが上がって、「こったこと」をやりだしたら作曲をやめる。

作ったあと
自分を褒めるのを忘れない。
その日は必ずお酒をのむこと。
できた瞬間に曲の愛情のピークを持ってくるようにしなければならない。
(変更するし、ボツにする可能性があるので)
作曲した曲はいかなる場合も自分でうたってみること。

自分の可能性以上のことを妄想すること。
聞こえない音を聞くこと。
没頭すること。
信じること。
愛すること。


思いつくままに書きなぐってみました。
これが6/13現在の僕の「
曲を作るときに必要なもの。
半年後、5年後、10年後の僕が見たらどう思うだろうか。
その頃も僕は、作曲をしているだろうか。

ちなみに、「歌を歌う時にひつようなこと。」はシンプル。

「幸せであること」

that's ALL!!!!

これは今までもこれからも変わらないと思います。
どうかどうか、NYでのmusicalが僕にとっても、
全ての人にとっても幸せなものになりますように。


そして、今日も支援サイトの経過をご報告させてください。
詳細は→
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現在、14人の方から、計2,578$の寄付をいただきました。

10$以上の寄付を無記名でない形でして頂いた方のお名前を
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沢山の皆様に応援して頂いています。
本当に、本当に、本当に、幸せです。

毎日、エネルギーと元気をいただいています。
その、エネルギーを作品に変えて、最高の作品を大好きなNYに届けてきます!

最後まで、読んでいただき、ありがとうございました。

少しずつ、少しずつ、進んでいくNY公演。
その経過は随時ブログで書いていこうと思います。
皆さん、応援してください!

(応援コメント、メッセージ等、頂けると本当に嬉しいです。
直接メールの場合は→rickytickyasu@yahoo.co.jp にお願いします。)

伊藤靖浩

続けてのブログ更新失礼しました。



おはようございます。

今は朝の6時。1時間前に目が覚めてしまい、目がさえてしまい今に至ります。
今日はNYのミュージカル、フランとの稽古です。

出演者は僕とフランの2人なので、全員がそろったことになります。
今日をのがすと、次の稽古は僕たちがNYに渡るまでありません。
つまり、とてもとても重要な一日なんです。

13~21時の8時間。
どんなことが試せるか、どんなことが起こるか。
ワクワク、そわそわ、しています。

そんな朝であるところの今日。
デジャブの話をさせて下さい。

デジャブってご存知ですか?日本語で既視感。フランス語でdéjà-vu、英語 でalready seen。
うわっ、この光景、この瞬間、みたことある!!
ってやつです。

僕は、性格的になのか、体質なのか、そのデジャブがものすごく多いんです。
2~3日に1回くらいの割合です。
これってどうなんでしょう・・・皆さんはどのくらいですか?

とにかく、それくらい頻繁にあるデジャブ。
そんなデジャブですが、1つもの凄く鮮明なものがあるんです。

ステージ側から見た数えきれない程のお客様。
そのなかに僕はたっていて、真っすぐに前を見ている。

その時の匂いも、感触も、眩しさも全て覚えています。

デジャブであるからして、この経験は過去に起きたこととして記憶しているんです。
これ、めちゃくちゃ小さい頃から覚えていて、2歳の時から言ってるらしいです。

普通のデジャブとの大きな違いは、
・2歳から何度も何度も見続けている
・だんだん鮮明になっている
・まだその光景に出会っていない
てことです。

3つ目が重要で、実際のところ、まだ体験してないんです。
目を閉じればいつでも体験できるそれを、いつか体験したいなあと、思っています。
というより、僕の人生はその瞬間の為に流れている・・・という感じです。

朝から不思議なことを書いてしまってすみません。
朝だから、こんなことを書いてしまったのかと思います。

気がつけば7時になろうとしています。

どうか今日一日がいい日になりますように。

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伊藤靖浩

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こんばんわ。

前のブログでは 山形市児童劇団と連絡がとれたお話
ということで、演劇に関わるきっかけ、そしてミュージカルの伏線のお話をしました。

今日は児童劇団を卒業して7年後の
大学1年生の話、僕がミュージカルをやり始めるきっかけの女性の話をさせてください。

その女性の名前は
「倉田志乃フランシス」
僕と同じ年の女性です。

児童劇団~大学生の間はすっとばして、
時は、8年前。大学1年生の秋。
僕は昭和音楽大学という音楽大学の、打楽器専攻でマリンバを勉強していました。

なぜマリンバかというと、すっとばした7年間で色々あったんです。
そこそこ、というか、かなり真面目に勉強しました。マリンバ。

これマリンバの有名で簡単な曲を食器で演奏した動画です。
なんだか、めちゃくちゃ酔っぱらっております。


ということで、真剣にマリンバを勉強しながら、
将来について思い悩んでいた20歳の僕は、そこにいたわけです。

児童劇団~歌をずっと習い続け、作詞作曲も続け、打楽器も真剣。
音大のクラシック科には変な人間でした。

そんな、20才の文化祭。

野外ステージで、ライブができるというではありませんか!!!
もちろん、若さと、ノリ、と勢いで、即席バンドを結成し、ライブに申し込みました。
なんだか、楽しかったなあ。
普段はクラシックをがんがん孤独に練習していたので、
POPな空間は全く別世界で・・・心が弾みました。

ちゃんと歌えたのか、いい演奏だったのか、覚えていませんが、
とにかく歌い終わり、ステージを降りました。

・・・と、僕に近づいてくる謎の女性が。

ふらん

めっちゃ、アメリカンでpopなその人は、まっすぐ僕に近づいてきます。

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「一緒にライブやりません?」

「・・・はい」

「連絡先教えて下さい」

「はい」

「私は倉田志乃フランシスです。」

「(普通は先に名乗るよなあ・・・)」

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それがフランとの出会いでした。
彼女は短大のミュージカルコースの学生でした。
もう卒業生だったかな・・

その場のノリでライブに出ることになった僕。
ふたをあけてみれば・・・ミュージカルライブでした。

今思えば有名な曲達、シースンズオブラブ、レント、ダンシングスルーライフ、
等を歌いました。他も歌ったかもしれないけれど、覚えていません。
これが、生まれて初めて歌ったミュージカルナンバーです。

「うわ・・・曲中で台詞!!??恥ずかしい//」

って思ったのを克明に記憶しています。

でもでもでも、フランの歌があまりに好きで。
音楽の感じ方や、生き方があまりに近くて。
魂がふるえて・・・
一瞬で、好きになりました。

それからはずっと親友です。

その後、僕は吸い込まれるように演劇の世界に。
フランは単身NYに渡ってミュージカルを。
地球の別の場所にいながらも繋がり続けていました。

時折、フランが帰ってくる時は、日本で会い。
離れていた時間を埋めるように話し続け、
時間があるときにはライブをやったりしました。
というか、ほぼライブをやっていました。
おかげで、フランは日本に帰る度にバタバタ。
ゆっくり帰国して体を休めるなんて経験はないんじゃないかしら。僕のせいで。

一昨年の年末年始。
僕は生まれて初めてNYに行きました。
それは、夢のような時間でした。
フランと初めて歌った時と同じように、
僕は一瞬でNYに恋しました。

そして、フランは僕がNYでしているのと同じようにライブを企画してくれたんです。
マンハッタン、ミッドタウンで。最高の夜でした。



将来の時間を、未来を、できるだけNYで過ごそう。
と心に深く刻んだ瞬間でした。

それから1年後の年末年始。

1つのmusicalを作りました。

NYへ単身渡った男性が、NYに住むハーフの女性に恋に落ちる話です。
凄い勢いで台本があがり、それにのるように作曲しました。
翻訳はもちろん、フラン。
石丸さんとフランと僕の3人で祈るように作品を作り上げました。

早速、NYの演劇フェスティバルに作品を応募しました。
それが今年の1月の話。

そして、その作品が「color of life 」
7月にNYで初日を迎えるミュージカルです。

前にも載せたけれど、もう一度動画をご覧下さい。


最初に歌っている女性、そして3番目に話している女性が、僕の親友「フラン」です。
素敵でしょ?

そんな、フランですが。
友人の結婚式がたまたま日本であり、たまたま休みがとれて、昨日日本に帰ってきました。
あと1時間後に待ち合わせしています。

また、離れていた時間を埋めるように話し続けるんだろうな。
もちろん、NYの作品の稽古もやります。
日本とNYで離れて作品を作っていましたが、3人で作った作品が初めて1つになります。
僕の曲をフランが初めて歌う瞬間が待ち遠しくてたまらない。

きっと、またドタバタな滞在期間になるのではないかと思います。
おもしろおかしい毎日が続くと思います。その様子はブログや動画でご報告しますね。

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先日ブログにて告知させて頂いた支援サイト。

経過をご報告させてください。
詳細は→
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現在、11人の方から、計2,353$の寄付をいただきました。

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沢山の皆様に応援して頂いています。
本当に、本当に、本当に、幸せです。

毎日、エネルギーと元気をいただいています。
その、エネルギーを作品に変えて、最高の作品を大好きなNYに届けてきます!

最後まで、読んでいただき、ありがとうございました。

少しずつ、少しずつ、進んでいくNY公演。
その経過は随時ブログで書いていこうと思います。
皆さん、応援してください!

伊藤靖浩

PS:
応援コメント、メッセージ等、頂けると本当に嬉しいです。
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こんにちは。

今日は、僕が演劇に携わる大きなきっかけになった、
「山形市児童劇団」
のお話をさせてください。

田舎の山形県、
そのもっと田舎の山奥、
蔵王温泉という温泉街で僕は生まれ、育ちました。

ただ一つある学校は全学年1クラス。
20人以上居た僕の学年はマンモス学年と言われていました。
他の学年は平均15人くらい、少なくて5人。

信号もなく、車もはしっていません。
僕が子供の頃はコンビニもありませんでした。

山と川と温泉に囲まれ、よくも悪くも自由にのびのびと育っていきました。

小学校5年生になる頃、色々な都合で山を下りることが決まりました。
過疎化していたのどかな山奥から、山形の一番都会に移り住んだのです。

小学校は3クラスまでありました。
1クラスは確か40人。
1学年だけで、僕がいた小学校&中学校の人数よりも多いのです。
一瞬にして、頭が「ボンッ」と音を立てて爆発しました。

その頃のクラスメイトは、なんだかみんな大人びていて、
別の人間のように見えました。
今まで、幼馴染しか友達が居なかったので、
そこに「社会」が存在していることに驚きました。

そんなこんなで、とにかくポツンとしていたその頃の僕。
その頃買ってもらったピアノ(すごく嬉しかった)を弾いたり
歌を歌ったり、そんなことだけが喜びでした。

ある日。
母が言います。
「山形市児童劇団っていうのがあるんだけど、オーディション受けてみない?」

僕はすぐに「うん!」と言ったのでしょうか。
それとも悩んだ末の結論だったのでしょうか。
とにもかくにも、オーディションを受けてみることにしました。

そもそも。
この劇団は、小学校3~4年生しか入れません。
僕は来年の春から6年生。
受けさせてもらっただけでも奇跡。
くわえて、歌もダンスも芝居も、経験がありませんでした。

だめもと です。

オーディション内容は。

ワークショップ的なこと。
早口言葉。
台本の本読み。(ヘンゼルとグレーテルだったような・・・)
ダンス・・・・orz
(好きに体を動かせ!と言われて、ひたすらそのばで行進しました。)

年下に囲まれて、初めての緊張と、初めての挫折感(なんだ?ダンスって!)
を味わいました。

が・・・

その1週間後。

なんと、「合格通知」が届いたのです。
僕の家族のことだから、みんなで大騒ぎしたことでしょう。

それから、1年間、劇団に通うことになったのでした。

芝居は楽しい!
ダンスはできない!
歌は誰よりも歌えた!

っていう感じだったような気がします。

その頃知り合った千葉淳君は今でも親友です。

そうそう、千葉君とは
最後の発表会で同じ演目に出演しました。
「桃太郎鬼退治!」
っていう作品で、
彼が桃太郎、僕が、鬼役でした。

小学生がやる作品にしては内容が複雑で、
いわゆる劇中劇でした。
桃太郎の本番をひかえた小学校の1クラスの話。

歌のソロをもらって、ものすごいウキウキしたのを覚えています。

あ!・・・・・

っと言う間に1年がたち。
児童劇団をやめる時がやってきました。
早かったなあ。だって1年ですから。

将来は俳優になろう、と思った僕ですが
中学校に演劇部がなかった為、音楽に没頭する中高をすごします。

やめて少ししたあと。
中学校1年の僕のもとに、とある手紙が届きました。
児童劇団の演出の須藤先生からでした。

一人一人、直筆で手紙を書かれたのだと思います。
その手紙には僕にたいしての暖かい言葉が綴られていました。
(ああ、大事にとっておけばよかったな・・・)
内容は思い出せないのですが、1文だけはっきり覚えている文章があります。

「伊藤君は将来ブロードウェイにたてると思います。」

その頃は頭にいくつもの「?」が浮かんでいました。

ブロードウェイってなんだ?
ミュージカルって?
・・・etc?

その「?」が解決されるのは、それからずっとあとの7年後でした。

そして、今度の夏。
僕は、オフオフですが、ブロードウェイにたちます。
まさか、先生の言ったとうりになるなんて・・・

ふと、そのことを思い出した僕は、山形市児童劇団に1通メールを出してみました。

要約すると
「17年前に在籍してました。 今度NYでmusicalやります!」
ってメールです。

返信ないだろうな・・・と思っていたところに・・・
担当の方から、まさかの返信。

「OBが活躍していて嬉しいです。須藤先生は今でも劇団で指導されています。
伊藤さんのことをよく覚えていましたよ。」

とのこと。

まさかまさか、僕のことを覚えていました。
なんとうことでしょう。
メールを見たとたん心拍数が急にあがり、跳ね上がりました。

なんて言ったらいいだろう。
こんな時、歌ったら簡単に表現ができるのに、文字だととても難しいです。

そうです。シンプルにいきます。
「嬉しかった。」

とても、とても、嬉しかったです。
子供に戻ったようでした。
この気持ちをNYまで届けようと思いました。

ああ、長くなってしまいました。
読んで下さってありがとうございます。

そして!

先日ブログにて告知させて頂いた支援サイト。
経過をご報告させてください。
詳細は→
http://ameblo.jp/rickytickyasu/entry-11532257165.html

公開から7日経過しました。
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沢山の皆様に応援して頂いています。
本当に、本当に、本当に、幸せです。

毎日、エネルギーと元気をいただいています。
その、エネルギーを作品に変えて、最高の作品を大好きなNYに届けてきます!

最後まで、読んでいただき、ありがとうございました。

少しずつ、少しずつ、進んでいくNY公演。
その経過は随時ブログで書いていこうと思います。
皆さん、応援してください!

伊藤靖浩

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