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こんにちはおねがい







悩みって自分で作ってますよね…






悩みって、自分で作っているって知ってますか?出来事が悩ましてるのではないのです。





いやいや違う、出来事が起きてきから悩むんだよ、、、って私も思ってました。けれども、息子不登校の時、街行く学生さんや、大人を見ると誰もが幸せそうに見えるので、なぜ私だけこんなに悩んで、不幸なんだろう、、、、と。





不公平だな、と思ったんです。

もちろん人それぞれの悩みを抱えていることは理解していました。





けれども、学校に行っていないというのは、人生で一番の最悪な出来事だ…と決めつけていたので、息子のことを悲観しないなんてそんなのできない…の一点張りでしたから、





私が世界で一番不幸だ!と叫びそうな程の、悲劇のヒロインをやってました。息子が一番不幸じゃなくて私だったわけです。変ですね、、、






息子が学校に行けないことに対して、親の私が不幸だ、なんて論点?がすり替わってます。当時はそのことに気づけませんでした。






あなたは、どんなふうに思いますか?








そうやって不幸人間の顔して振る舞い、ある日、ふと気づいたんです。






息子はどれだけ悩んでいるだろうか?

私より悩んでいるだろうか?それとも悩んではいないだろうか?





わからない・・・

息子とは会話がありませんから、悩んでいるかどうか手探りですが、勘繰るとバレてしまいますので、干渉しません。むしろ干渉しないふりをする日々でしたから、寂しくて誰かにすがりたかったんですね。





誰かに縋りたい、でも縋れない、だから

不公平だ、と思った。そして自分が一番の不幸者だと決めつけていた。しかもそんな事を思っていることがバレないように振る舞ってた。





あ、私が勝手に悩んでいる、のか???





と思い、なんてひとりよがりだったんだろう…と恥ずかしくなりました。街行く人はただ歩いているだけなのに、周りは幸せそうな人たち、私は不幸な人と、勝手に分断していたのですね。






当時はまだこの世界の真実(自分発振という意味)を知りませんでしたから、[出来事が私を悩ませてる]と思っていましたよ。





でも、先述のように、ふと思考が立ち止まる時があると,【過剰に悩みどころを作っているのだな】というところまでは,気づけました。






全く記事とは関係ないチキン南蛮ですが,

久しぶりに食べたらとても美味しかったので…








もちろん、学校に行かない子どもを見ていたら、不安になることは自然な感情だと思います。





でも、その不安というのは、親自身がまだ体験したことのない状況に直面しているからなんですよね。だから、どうしていいかわからず、つい不安になってしまう。





親は、子どもよりも少しだけ長く生きていて、一通りの経験があるというだけで、時代がまったく違うことに気づかず、まるで自分の方が正しいと偉そうに語ることがあります。





でも、考えてみてください。親が育った時代と今の時代では、学び方や生き方がまったく違うのです。だから、親が持っている価値観や経験が、今の子どもにとって必ずしも役に立つとは限らないんですよね。







たとえば、受験して大学を出て、希望の会社に就職する、そのうち結婚する、子ども持つかも、、という、私たち親世代にとったら当たり前のルートですが、現代においてこの当たり前はもう当たり前ではない状況です。





仮に大学、就職できたとしても、その職場が自分に合うかどうかなんて、実際に働いてみないとわからないのは当然で、転職のハードルは昔よりはるかに寛容です。退職代行という便利なサイトもありますしね。いいですよね、私も使いたかった。






今の時代は雇用されることに固執する必要もあまりないですよね。雇用されることにメリットがないということに気づいてしまっているのですから。





会社に貢献したら社長や上層部は潤いますが、言い方きついですが社員は駒ですからね。だったら自分が社長になればいいのですから。





色々な働き方が広がっていて、増税を省けば、月20万円もあれば十分に生活していける方法もあるわけです。






大人はまだ物欲に塗れた思想にとらわれがち?と思いますけど、今の子どもは大人たち程の物欲がありませんよ。口笛






やりたいことをやれればいい」という考えが根本にあるから、とても高尚で素直でシンプルです。






親と子どもでは発想の起点からして違う、と思っています。ですから何か話し合う機会があったとしても、論点がかみ合わないのも当然ではないかと思います。








🔸古い価値観を押し付けるのは支配


親が自分の知ってる知識は体験に基づいているので、自信がありますから、「自分の言うとおりにしろ」と押し付けてしまいがちです。でもそうすることは、子どもを支配しているとも言えませんか?。





特に、(偏見かもしれませんが)父親が管理職だったり、大企業に勤めていたり、Aランクの大学を卒業していると、それが「正しい生き方」だと思い込んでいることが多いと感じます。






なんていうか、若い頃の栄光?のように語り継ぐ、男性は特にその傾向があります。でも、今の時代の価値観はまったく違うので、そんなことしたら、引かれてしまいます。(必ずしもではなくて)






親は、その自分の価値観が古い…とは気づかずに子どもに価値観を与えるような行為、つまり押し付けるのはいい迷惑かもしれませんよね。私はよく息子に反発されていました。






いつの時代も、親と子どもは論点がかみ合わないことが多いのは確かなことですね。これこそが親にとっての子育てを通した人生の醍醐味でもあるな、と思ったんです。






なぜなら、子育ては大変です。

ほんとにこれ以上大変なアクティビティありませんよ。修行って言ってもいいくらいです。






こんなにえもくて、えぐられて、感極まって、感情のジェットコースターは他にありません。






だったら、お互いを尊重する視点を持つことが一番最善だと思うのです。自分は自分であり、子どもは子ども。ひとはひと。それでいいじゃないかと思います。それには親が、自分のを持っているということが大前提です。






自分の軸は、頑固とは違います。信念はありますが、違いに寛容であること。つまりどちらにも何にも偏らない中庸であることを言います。






もし本当に子どものためを思うなら、子どもが自立しやすいように支えることが大切なんじゃないか?と思います。






どうして、子どもだからと言って、

「親の言い分を受け入れた方がいい」という考え方が、未だに当然とされているのか、不思議です。






子どもを,健全に守りたいです。







🔸子どもには自分の人生がある


子どもには、子ども自身の人権と人生があります。それを無視して、例えば、今はもうないかもしれませんが、「食べさせてやってるんだから言うことを聞け」「通わせてやってるんだから最後まで貫け」という親の言い分は、親の知能の低さゆえの冒涜だとさえ感じますよ。






始めにも言いましたが、親はちょっとだけ先に生きてただけです。偉くもないんです。全員対等なんです。






多分ここは、私の一番の価値観なので、理解されにくいとも分かっていますが、総理だろうが、医師だろうが、物理学者だろうが、芸妓だろうが、アフリカの子どもだろうが、北朝鮮の大人だろうが、犯罪者だろうが善人だろうが、私とあなたでも、全員対等です。職業や年齢が異なるだけで、全員同じ人間で,優劣はありません。人の尊さは一緒です。






親が子どもに求めるのならば、子どもが自分自身に正直で自分の思ったとおりに行動できるようにサポートすることだと思ぃす。






いやいやそんな事言ったらわがままになるじゃないか?と反発があるのも分かります。でも[わがまま]って口を揃えて気軽に発してますけど、本当に不都合なんでしょうかね?





ちょっと考えてみてほしいです。

本当にそれはワガママですか?






私たちは失敗してもいいんです。お金かかるとか,時間が勿体無いとか、あれこれ大人は理由をつけるのがうまいですから、子どもの成長を喜んでいても、失敗はしないで成長してほしいと思っているかもしれませんよね。






でも失敗なんて、何度でもさせてあげればいい。だって、失敗からしか成功は生まれないんですからね。





こんにちまで、数えきれない失敗があったからこんなにも、物質文明が繁栄したのですよね。






親たちが失敗を恐れて子どもに先回りしてしまうことで、その子どもが学ぶ機会を奪ってしまいます。





親がどれだけ子どものためだと思って行動しても、その瞬間に子どものためになることはないです。親は時にとても勝手ですね。






結局、親が抱えている不安や悩みは、自分で作り出していることに尽きるということです。







🔸親としてできること


親ができることは、子どもをコントロールするのではなく、子どもが自分自身で道を模索して、決断を見守り応援すること。





まず、考えて決断できることが、失敗しながらも学んでいくことを知ることになりますから、親は見守り必要なときに手を差し伸べるのがベストではないでしょうか。






親の役割は、子どもに自分の生き方を押し付けることではなく、子どもの可能性を信じ、尊重し、サポートしていくことだと思います。






悩みをやめるのも自分だし、悩み続けるのも自分ですね。どっちがいいの?と聞けば、悩みをやめたいってみなさんおっしゃいますが、やめられないんですよねキョロキョロ






でも!悩みはあっていいんです。成長していきますから。けど!気を揉むのはよろしくない。その時間を30分でもいいので、温泉♨️に浸かって、好きな香りのボディクリームで自分を癒してあげたら、こころの豊かさになります。なりませんか?





失敗だらけの私が失敗を通して学んだからこそ、13年前の不登校時の私に言えることは、素直になって受け止めろ!って言います。でもね、素直にもなれないのですね、、、特に昭和世代に厳しく育てられた人や機能不全家庭育ちの人は…。こんなに引きずるなんて想像を絶してました。





でもいろんなことを経験して俯瞰できて、基と理由が合致して今、集大成にできたことは良かったな、と思います。






人生には無駄がないので、お母さんたち大丈夫です。昔の自分にも言います。ほんと無駄なんかなくて、絶対大丈夫👌って。






今日も根気よく読んでいただきありがとうございました😊









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