母は強し!
子は親の背中を見て育つと言うけれど、それは本当だと思う。
僕の母は強い。
生まれつき仕事が大好きなのも、極度に負けず嫌いなのも、努力を継続できるのも母親譲りのDNAだと思っている。
僕の母は昔から医療関係の仕事に従事している。
フットワークが超軽く、その辺の男性以上のバイタリティがあり、毎日遅くまで仕事が続いていたとしても、
「全然苦じゃない。仕事好きだから。」と普通に言ってのけるタフな女性なのだ。
(ちなみ現在も普通に継続中。)
両親が共働きだから、僕は0歳から、大田区の糀谷保育園で育った。1歳違いの弟も次の年から同じ保育園に通っていた。
当時、僕の地元の蒲田は、親が共働きで、兄弟が3人以上いる家庭が今よりも多かった。
大体夕方の5時くらいになると、親が迎えに来て、皆一緒に帰っていくのだが、母や父が当時忙しかったため、僕と弟はいつも7時とか、8時とかまで保育園にいた。
だから両親が迎えにこれない日は、近所のおばちゃんとか周りの人に協力してもらって、代わりに迎えに来てもらったりすることもよくあった。
僕の母は当時から、かなり精力的に仕事をこなしていて、土曜日や日曜日、休日も仕事のある日は、出かけていって、遅い日は夜中まで家で仕事をしていた。
小学生になってからは、僕らは当然かぎっ子だった。
今くらいの年になって、よく知り合いとかに
「小さい頃、淋しかったでしょ??」とか
「もっとお母さんと一緒にいたかったでしょ?」とかやたら言われるのだが、
(特に女性に)
淋しいと思うことは全くなく、それが普通のことだと思っていた。
0歳から毎日そうだったからだ。
たぶん周りが思うほど、本人は淋しく思っていないし、逆に精神的にかなり自立したと思っている。
しかし、どんなに忙しくても、たまにある授業参観とかには予定の時間には遅れても必ず来てくれていて、結構嬉しくて、良い所を見せようとはりきっていたのを憶えている。
母は毎日夜遅くに仕事から帰ってきて、僕が寝た後に、いつも寝ていた。
なんとなく凄いな、思い始めたのは、僕が中学に入った頃だったと思う。
朝7時に目を覚ますと、必ず僕のお弁当が用意されていた。
しかも、ご飯に梅干だけとかじゃなく、必ず何種類かおかずが入っていた。
夜遅くに寝ているから、一体何時に起きて作っているのかを尋ねたら、
朝6時前に起きて作っている、と言っていた。
そして7時過ぎには、仕事に出かけていった。
これが高校卒業するまで6年間毎日続いた。
母は、努力家でもあり頑張り屋でもある。
だから、僕の母親のイメージは
「毎日、いつも家にいて、自分と一緒にいてくれる優しい母親」ではなく
「一緒にいる時間は普通の家庭より短いけれど、とにかく毎日毎日一生懸命頑張っている母親」なのだ。
そして僕は、その頑張り屋の母親の背中を毎日見て育った。
家庭と仕事の両立。
仕事をしている女性にとっては、大きな問題で、うちもそうだったと思うが、
母は、人並み以上の頑張りとバイタリティで両立してみせた。
本当に尊敬すべき強い母だ。
よく男性は自分の母親が理想の女性だとか言うけれど、僕の場合それは本当だと思う。
自分は若い頃は、それを言われて
「冗談だろ?」と思っていたが、
自分が社会に出て、仕事をするようになってから、何となくわかるようになってきた。
この年になっても親から教わることは多い。