私にとって「子育て」とは、「子どもたちに手渡したい社会を考え、そこに向かうための自分を創っていくこと」であったように思います。
文明の進化を目指して、能力を活かすために、日々成長に努める現代人。
文明が進んでいくにもかかわらず、人々の不足感や苦しみが絶えることがないのは、何故なのでしょう。
それは、よりよくなるための過程で生じる感情であり、いずれ満たされた幸福の時はやってくるのでしょうか。
私は、現代人が抱える不足感や苦しみは、人為的な力が創るものとは対照的な「神秘的な力」。
その力に対する意識の希薄さから生じているのではないかと思っています。
心が満たされるには、人為的な力と神秘的な力、このふたつの調和が必要だと思うのです。
そして、ふたつの力を調和へと導けるのは、女性であると考えています。
なぜならば、神秘的な力の働きがあることを、女性は経験として知ることができるからです。
それは、自分の体内に、命が芽生えるという経験です。
その命は、やがて自分とのつながりを断ち、「個」として体外に放たれ、生かされていく。
この神秘的な力の働きを、女性は自分事として経験し、受け容れる機会に恵まれているのです。
そこで、「個」として命が生かされていく仕組みの意味を考えてみました。
それは、命に備えられている感性が、「個」としての経験により引き出されていくためだと私は思います。
その引き出された感性を、それぞれの「個」が味わうことが、生きる喜びではないかと思うのです。
備えられた感性を十分に活かすには、互いが等身大として捉えられるよう、他の「個」と程よい距離を保ち、尊びあう関係と気持ちが大切になってくると思います。
私が理想とする「個」同士のつながり方は、同じ環境に違う命が在る、母の胎内に在った命のはじまりに似ています。
「命が在る」という神秘が尊ばれ、安心して自分を育むことができる関係と環境です。
そのような、それぞれの「個」が在るがままであることを認め合うつながりの中で、人間としての能力を活かす。
そんな暮らしができたら、不足感や苦しみは薄らいでいくのではないかと私は考えるようになりました。
私は、このような社会を平和とし、子どもたちに手渡せる自分で在りたいと思っています。
豊平 和 佳
2018年
「ハッピーママ業」あとがきより
