4月8日は花祭り、お釈迦さんの誕生日ですが18年前に亡くなった私の囃子の師匠「望月太津八郎」の命日でもあります。生きてたら110歳です。

病気もせず認知症にもならず強情でしたが真っ正直な人でした。

夕方、風呂に入り缶ビールをテーブルに置き、先に水飲むわとコップに半分の水を飲んで事切れました。
自分で湯灌して末期の水を飲んだ律儀な方です。

内弟子を明けてからほぼすぐに稽古に通い平成8年(1996)「望月太八三(たやざ)」の名前を頂き名取になりました。それから30年です。

名取式は浅草の料亭で行われました。

とぼけた顔の31歳の男と80歳の爺さんがひょこたん歩いて料亭に行くと表には黒塗の高級車がズラリ。
そう怖い自由業の方達です。

向こうも「なんや彼奴等は、何しに来とる」てな顔で若い衆に睨まれました。

聞けば我々の名取式の隣の大広間で忘年会やそうな。そんな組合せは今では考えられませんね。

ところがとぼけた顔と爺さんが式の為に黒紋付袴に着替えて座敷をウロウロしてるのを見た若い衆の顔が変わりました「彼奴等は何者や」てな感じです。

式が終わりかけた頃出席者全員に虎屋の羊羹4本入りが配られました。😮てな顔してると「そんな大切な式があるとは知らず我々みたいな者が隣で騒ぎ申し訳ございません。お荷物でしょうがご受納下さい」と女将から話がありました。
上の者がよう事が分かってる人なんやなと皆感心してました。

まァ噺家も多く居りますが怖い自由業の方から口上付きで虎屋の羊羹もらったのはワシだけちゃうかな。

ただ名前なんですがお師匠はんは「太八三(たやぞう)」で届けたんですが家元さんが「太八三(たやざ)」と読んでそのままになりました。

「お師匠はん、たやぞうちゃいますのん」
「家元がたやざ言うたからたやざや」

どこの世界でも上が言うたらそれが通るんやなと実感しました。

お師匠はんは「九代目(太津八郎)十代目(太八一郎)十一代目(太八文、太八紀)十二代目(太八三)から名前もろたんは東西の望月でワシとこだけや」とえらい喜んでました。

そんなこんなを思い出した4月8日です。