東京の寄席で活躍されていた柳家紫文師匠が亡くなられたとの知らせを11月24日に頂いた。


ネフローゼ症候群という難病で11月19日に亡くなられたそうです。

63歳···まだまだお若い。


米左とは艶芸サロンという会を主催されてるS氏の紹介で知り合い、私も望月の名取ですので本当に気が合いお付き合いをさせて頂きました。

望月の紋付を見て「あ、太桜 (望月の紋の名)」と言ったのは紫文師匠だけです。


紫文師匠は寄席の三味線漫談家ですがその前が凄い。

常磐津三味線で岸澤式祐の名を持ち歌舞伎座でも演奏をしてらした。


歌舞伎座と寄席で三味線を弾いた唯一無二の方。


寄席では「鬼平半可通」が定番のネタ。これがまた寄席の色物として誠に結構なものでした。

天満天神繁昌亭にも出演して頂きました。


「片足かっぽれ」という珍しい芸もお持ちで何を隠そう米左はこれを稽古して頂き幾度か踊った事がある···怖いもの知らず、大胆なヤツ。


高円寺に「ちんとんしゃん」というお店を持たれていて、そこで二人会もよく催してくださいました。


芸が好き、三味線が好きなお方でした。


あんな粋な芸が出来て、芸が判っていて、芸が好きな人···居てないな。


紫文師匠が「越後獅子」を弾いて私が鼓を打って···ええ思い出です。

二人だけ楽しんでお客さん放ったらかしでした、すみません🙇‍♂


紫文師匠とのツーショット。

2010年ですから平成22年2月28日、伏見の墨染そうぞう館での艶芸サロンin京都の時。



ご冥福をお祈り申し上げます。