『 ドン底の人生から、あなただけのmy storyを歩んでいこう 』

どんなに今の目の前の景色が真っ暗でも
運命に見放されて、何も信じれなくても
女の子はいつだって輝ける☆


テーマ:

こんにちは焼き芋

 

 

どんなに今の目の前の景色が真っ暗でも
運命に見放されて、何も信じれなくても
いつでも輝ける☆

『人生開花』アドバイザー 香住リカです。

 

 

今日は隠しておきたい私の子供時代について書くね。

 

 

 

前回の記事をね、facebookでシェアしたら、

たくさんコメントもらって、

 

 

順風満帆な人生を送ってきたかのように

見えてるみたいだねグラサン

 

 

 

実はその真逆です。

 

 

今思うと地獄だったかな。

 

 

確かにね、幼稚園の時は、

自分でも自分のこと

かわいいおすましペガサスって思ってた(^▽^;)

 

 

ご近所の親同士のノリで

タミータウン(←伊丹市やから、もじってる)

キッズファッションショーの子供モデルに

応募したら、私だけ受かったりとかして。

なんのちゃん(南野陽子)も学生部門で

いたらしい。同じ伊丹市出身ピンクハート

 

 

でもね、私、小学校入って3年生くらい?に

メガネかけることになったんよ。

 

その時の小学生のメガネって種類ないし、

近眼やから、目小さくなるし、

やっぱり良くないんよ。

 

カメラ嫌過ぎてカメラ見れないyo滝汗

 

 

でね、女子たちが、どうやら、

私の隣にいる友達に興味持つようになって

「可愛い!可愛い!」って絶賛なわけよ。

 

「あれ?私ちゃうん?」って(←調子乗りすぎかよ)

まぁ、最初の挫折やね。

 

そんなことになろうとは露知らずな5歳の誕生日バースデーケーキ

 

 

 

で、ちょっとその子に意地悪したの。

うん、わたし性格悪い!キョロキョロ

 

そしたら、次の日から迎えにきてくれんようになって。

あー、こうゆうのは良くないんだなぁて、

反省しました(:_;)

 

それからは、「もう私は可愛くない」って

きちんと受け入れた。

 

 

 

でね、小学校の時って、女の子同士の

「好き」「独占」したいってない?

 

4年生のとき、

そのご近所友達の可愛い子と、

もう一人と私で3人グループやったけど、

そのもう一人が可愛い子を先に捕まえて

お昼休みにどっか行っちゃうから

私、よく一人でお昼休憩過ごしてたなぁ。

 

女子って、グループ作りたがりやから、

最初にグループに属さなかったら

転校生でもない限り、途中から

入れてもらうなんて、ありえんのよね。

 

 

で、休みの日は、一人でつり輪して遊んでた。

だって一人で遊べるやん照れ

 

 

 

で、5年生になって、クラス替えになり、

仲間外れにしてた子とは離れて、

ご近所友達の可愛い子とまた一緒照れ

 

 

だけれどね、

もうその子はめっちゃ大人気なんですよキラキラ流れ星

 

うかうかしてたら、私、

どこにも属せなかったキョロキョロ

 

週一の放課後のクラブ活動に

入らなきゃいけない制度があって、

私、一緒に入る子いなくて、

一人で卓球部に入ってしまったことがあって。

 

男子しかいないし、女子誰もおらんのよ。

苦痛やし、だってブスやしさ、

男子ばかりのとこ行っても、

絶対アカンやんアセアセアセアセ

 

幸い、卓球部の男子は、大人しめなのか

イジメたりとかしてこなかったけど

(そもそも私のこと見えてなかったのかも 笑)

やっぱり苦痛で、トイレに篭ってた。

そしたら、館内アナウンス流れるし、

家にも電話入るし、災難滝汗

 

 

卓球部男子はイジメてこなかったけど、

小学高学年の時は、私、よく男子から蹴られてました。

 

普通にトイレで手を洗っている時に

ガタイのいい男子から飛び蹴り

 

男子の下敷きを踏んでしまい、

埃を手で祓って渡そうとして顔上げたら

机の上から飛び蹴り

 

 

許せないよ。

 

 

毎日が、そんな日々で

休みの日が来ると

胸を撫で下ろしてた。

 

 

 

親にはね、何も言えなかった。

 

 

 

家では、

掃除機、料理下準備、買い物、

風呂洗い、洗濯、洗い物、

毎日これらをして、

その頃は、洗濯機も2層式やから、

脱水の方に入れ替えるとき

冷たくて冷たくて…アセアセ

洗いもんも、お湯つけさせてもらえんから

真冬とか痛いほど冷たかったなぁ。

もちろん、手はガサガサガーン

 

 

 

けれども、

そんな私にお母さんが言う言葉は、

 

 

ドアホ!!

 

お前なんか

産むんじゃなかった!!!

 

 

 

私、生まれてきた時、瀕死の状態やったから

血液型調べてなくて、

親からいくと、AかOしか生まれんのやけど、

「お前は絶対B型や!」っていつも言われてたな。

(うちの子じゃないってことね)

 

 

で、一回、家族(父、母、私、弟)で

ロイヤルホストに行った時、

私、本名が「荻野」なんやけど、

伊丹市って、荻野って地名があるんよね。

だから、結構、荻野さんているのね。

 

 

で、ウエイティングボードに荻野って書いてたら、

他にも荻野さん家族がいて、

家族構成も、年頃も似たり寄ったりで。

 

そしたら、うちの弟が

「僕の本当のお姉ちゃんはあの人だー!」

って言ったんですポーンアセアセアセアセ

 

 

 

毎日のように、母が、

「お前はうちの子じゃない」

って言ってたからね。

まだ幼い弟は、無邪気にそう思ってたんですね。

 

 

 

言葉だけじゃなくて、

体罰と言うか、手や足も挙げられてました。

 

 

帰宅が1分でも過ぎたら、ビンタ。

メガネを外す瞬間が恐怖で仕方なかった。

 

 

逃げても逃げても、蹴られて、

行き詰まった部屋の角で、

スリッパ履いた足で何度も蹴られてました。

 

 

 

罵声と体罰。

泣き叫ぶ私。

 

 

マンション住まいですが、

きっと、凄い声が漏れてたのでしょう。

 

ドアの表札と、マンションの手摺に

こう掘られていました。

 

「私はとんでもない母親です」って。

 

びっくりしたし、恥ずかしかった。

誰がしたのでしょうか。

 

けれど、これも私がしたと思われ、

また私は叱られたのです。

 

本当のことを言っても信じてもらえない、

存在自体を否定されて、

 

学校も家も、

もう私はどこにも居場所がなかった。

 

学校でも、家でも、

罵声と蹴られる日々。

 

学校では、他学年の男子からも、

「メガネザルー!!!」と叫ばれ。

廊下歩くにも、安心できなかった。

 

 

あ、父親はね、

子供ってすぐ泣くじゃない?

私が小さいころ、

そうやって泣いてたら、

「うるせぇ!!!」って、

コーヒーぶっかけられました

 

母親の何気ない一言が感に触って

父は、家で大暴れしたりもしました。

襖も障子もボロッボロに。

 

 

 

もうめちゃくちゃだよね。

 

 

 

全部壊れちゃえばいいのに、

両親は外面をえらく気にするし、

勇気もないから、

限界家族で生きてた。

 

 

 

そのそれぞれの

行き場のない気持ちの吐け口

私だったんだろうけど。。

 

 

 

 

まだまだ、母からの衝撃な告白や、

こうした子供時代に培われた性格で、

大人になってもいつもいつも苦しくて

ずっと安心できなかったけど、

と言うか、

幸せなんて存在しないと信じてました。

なので、いつも孤独でした。

そんなどうしようもない気持ちを

どうやって克服したのかとか、

またお話できればと思っています。

 

 

 

 

どんなに今の目の前の景色が真っ暗でも
運命に見放されて、何も信じれなくても
いつでも輝ける☆

『人生開花』アドバイザー  香住リカ本命チョコ

 

 

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