わたしのきっかけシリーズ② | 朗読グループ ナイロンのリボンの会

朗読グループ ナイロンのリボンの会

イベントや活動の告知、メンバーの気持ちなど
かいていきたいと思います ♪

こんばんは♡
ナイロンのリボンの会、代表の優子です♡


私のリボンまでのおいたちは読んでいただけたでしょうか?


私、内向的なところも突拍子もないところも抱えつつ、若い頃は自分を表現することに夢中になりはしゃいできました。(笑)


こういった活動を伝えていこうとしたのは、平和!平和!という強いものとは少し違いました。

色々な経験をさせてもらってきて、その過程で朗読劇を通し、やんわりですが伝えていく大切さを学びました。
がっつり活動している方には申し訳ない表現ですが、正直そう思いました。多分、戦争を経験していない世代故ではないかと思います。


ちなみにですが、はらんきょうの会とは、
私が参加させていただいていた、
原爆や戦争の悲惨さ、平和の大切さを伝える団体です。
私達にとっては、お母さん朗読団体であり、年齢的にも頼れるお母さん☆
↑お、怒られるかな(汗)

私ははらんきょうの会で、公演していた『この子達の夏』『あの夏の日の記憶』を読み手やスタッフなどで経験しました。


復帰してから、社会人になったしのんびりやるか、と思っていたのですが、
震災を体験し当時はそうも思えなくなったのです。



実際、ナイロンのリボンの会の公演に使う本は2009年~2010年度あたりに手にしていますが、
ぼんやりとこれ若い子達で読んでみたらいいかもなあ~*ଘ(੭*ˊᵕˋ)੭* ੈ✩‧₊˚
と思っていました♡

それからそのままで、後々メンバーになる友美さん(通称;TOMOちゃん)に作品の1部を見せたり、
色々とセッティングなどをフォローしてもらっている物井さん(通称;noiさん)とはらんきょうの会で現在、一緒に読み手をしている武井さんに企画したいんだーと簡単な企画書を見せたりしていました。


でも、ふんわりしただけで、私のような普通の人間がやれるのか、という気持ちが強かったです。


東日本大震災でたくさんの方が命を亡くして、茨城も場所によっては被害があった場所もありました。私達も数日、電気や水道が止まって、大変な思いを少ししました。

それも、東北の人に比べれば、
たいしたことではないですが。

はらんきょうの会で使用していた会場が使用禁止になり、2011年3月に控えていた舞台も中止になり、
世間もこれからどうすればいいのだろうという流れで。
たくさんの被害があって、原発事故の問題も出てきて。今この瞬間に何をしていけばいいのかなぁ?と思っていました。

みんなが幸せになれたらとか考えまして。
偽善かもしれないし、非常に悩んで。

それでも見つけた答えは
平和を伝えていこう
というものでした。



今も正しいとか正しくないとかわかりませんが、
人に優しくをモットーに伝えたいなと思っているのです。

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