えーと企画展示が行われいるんだが、いよいよ期限が迫ってきてたので行ってきました追い込まれないとやらない野人(・ω・;)
前回の足利毘沙門天ライドがきつすぎたんで(・ω・;)、近場で一旦回復走ですw糞糞糞
* 神川に生きた縄文人の痕跡
https://www.google.co.jp/maps/@36.1534623,139.0560617,16.12z?entry=ttu
これはお隣の神川町旧神泉村?の、役場支所のところで行われている展示。
さほど大きなところではないんだけど、やはりここは立地が特別なところで、古代人が住み着いていた地域らしくて、遺跡が多い。数も多いし質も高いと私は感じてます。小さな町なんで長らく忘れ去られてるところと思いますが、本当はすごいとこ。まあいいとこですよ。日本人のふるさと的な場所だと私は思いますけどね。
(まじめな話、縄文・弥生時代には、秩父同様、ウォーターフロントのような意味合いもあったのだろうと思う。東海地方からの影響もみられるということらしく、その場合、さすがに東山道ルートではなく、東海から海沿いルートで伝播したんだろうと考えられる。もちろん長野方面の影響も多々あるが。)
この辺りは縄文遺跡がかなりあるところだね。まあそのころは狩猟採集しやすいところが好まれたからだろう。その後の農耕時代から見れば農地がなくてよくないところだろうが、縄文人のような山の民にとってはとてもいいところなんだと思うね。神流川が湾曲しているところで、流れが淀む場所があるので、いい水場になっているからだと思われるね古代人の心がわかる野人(`・ω・´)
まあまあ私もほとんどの場所に実際に行ったことがある。神川町は川沿いに長い領域を持つけど、その川べりの段丘のところには、ほとんど何かある。割と平たい場所が多く、そういうところにこういう住居跡がある。
また、今回も再認識したけど、古墳があるような場所には、その先代にこのように古い住居跡のようなものがあるケースが多いようだ。やはり立地がいいところだからで、そういう場所は何度も人が住み着いてきたのだろう。
神泉はその一番奥の場所で、川がほぼ直角に曲がっていて、その周辺部の平らな段丘部分に遺跡があった模様だ。まだ未調査の大物も残されているようなんで、楽しみが残っているw
今回は、縄文時代の土器類などが展示されてた。なかなか興味深いものでした。質も高かったと思います。いろいろ驚くような内容のものがありました。
よくある内容で、立派な装飾を持ついかにもな縄文土器から、後期のもっと洗練されたものや、機能性の高いものも見られましたね。今回ちょうどこの後、早稲田のほうで弥生土器も見たわけだが、そのように洗練されたものは、ほとんど弥生土器と見分けがつかないと私は確認しました。今までにもそのように思ってた。そんなに教科書に書かれてるようにきっちりと時代が分かれているものでもないのが現実だろうからね糞糞糞
地域のセンターのような場所なんで、それ以外の情報も廊下に展示されてたりして、非常に興味深かった。ダムができる前の神流川流域の写真が展示されていました。この地域に愛着がある人であれば特別な感慨を覚えることでしょう。
施設も綺麗にされてましたし、町も非常に清潔です。民度の高さを感じます。以前から書いてますが、サイクリングにもいいところです。
展示の内容もとてもよく、例によってこのように小さいところのほうがいい。本当に例外はない。わかりやすく、適切な解説がつけられていて、とても楽しめました。小さいが、そのように質が高く、重要度は高い場所とますます再認識しました。
なかなか先進性がある地域かなと私は感じました。カードにもなっている注ぎ口のついた土瓶のようなものは、縄文期というのは極めて早い時期の物といえるでしょう。それがこんな山奥から出てるのには驚きを覚える。
後期の縄文土器はかなり薄手にできていて、弥生土器とほとんど変わらないと感じた。形も整っていて、焼き物の技術の高さをうかがわせると思う。
土偶にも変わったものがある。動物を模したものがあったが、私はそれは猿で間違いないと野人は確信しましたが。(`・ω・´) 動物を模したものは例が少ないらしいが、非常に精巧にできた彫塑だったと思います。
あと個人的に最高の見ものだったと思ったのは、平遺跡にある、敷石遺構ですね。
敷石遺構自体珍しいものらしいんだが、ここのはかなり大規模で、大きな平たい石が使われていた。四角い形をしてますね。石も、竪穴部も。
しかも、私が見た写真では、それが2つつながっているかのように見えるものがあった。これには驚愕した。間をつなぐ通路のような石が敷かれているので、たまたまの物とは思えない。よくあるように真ん中に四角に囲った炉があるわけだが、それが2つつながったようになっている。
事情はよくわからない。極論すると、前方後方墳のような全体像と言えなくもない。場合によると、2棟がつながったような遺跡である可能性があるかもしれない。
どちらかが屋外の炉であったとかいう可能性はあるかな。でも、どちらも基本的には四角い室内の炉のようなので、やや不可解だ。屋外の炉はもっと雑な作りになっているものだから。
群馬にある敷石遺構は、円形のものが多いね。典型的なのは手鏡型柄鏡形m(__)mをしている。
ここのは四角だ。しかし、中央の炉から通路のような石が敷かれている構造はよく似ている。
敷石遺構自体珍しく、この地域に特有らしいし、しかも四角くてよく整っているものはここで初めて見た。群馬のとやや印象が違うので、興味深いものだと感じましたね。こういうものはほかの場所では見たことがない。よく研究する価値があるのではないかと思われました。
まあそのように、特にこの平遺跡は極めて重要な気がするけどね。
川を下っていくと、以前見た円墳などが群れを成している地域が続いていきますね。
* 弥生時代の児玉・深谷地域
https://www.google.co.jp/maps/@36.252622,139.1447871,14.58z?entry=ttu
それで今回は地元を回ってこの2つの展示を見て来ようという予定にしてた。まあそこそこ遠いんだけどw、まあまあ回復ライドには程よいところかなということで、この後、神流川沿いに下って北上し、上里SAの近くにあるカンターレという大型パン屋wに行きました。
(この辺り、残念ながら未知の連絡がよくない。川沿いにcrあるんだが連続してなくてもったいない。一般道も大きく迂回がある。何とかしてほしいとこ(´・ω・`))
しかし野人にはあまりにも大きくて歩くのかったるいし、いまいち波長の合わないところだったんでw、隣のJA直販所でパンを買って食べましたwww糞糞糞 まあ地元の手作りパン屋のものでうまかったけどね。生クリームコロネがおすすめwww糞糞糞
JAのほうにもなんとフードコートまでありました。お昼時だったんで満員の盛況でしたなw ハンバーグとかうまいらしいが、人間嫌い野人には無理ゲーですw糞糞糞
でそこから、今度は本庄の市街地のほうに向かった。役場のあたりから旧道ぽい道を東に驀進すると、勝手に早稲田のほうに着くw 普段通ってる道を横切るような感じで走ったんで面白かったです。
以前上里に来た時に書いたけど、この辺りは古代から独特の都市計画がされてたようで、道にそのように単純さと明快さがあって、普通の埼玉と景色が違いますね。群馬・長野ぽいかなw それは深い意味では、東山道的・京的ということではないのかと私は思いますけどね。上里は埼玉北部のミニ平安京やー1か月ぶり2回目糞糞糞
まあそういう区画が工業団地にいいようで今はそんな風になってしまってますけどねあとパチンコ屋残念さようなら南無( ・ω・)ノ~~
で、例のなんちゃって左翼大学のミュージアムで、弥生土器展見ておきました。この冬にこの辺りの資料館でそこそこ見てたんで、特に目新しい感じではなかったけど、地域のものがまとめられていて、適切な解説がつけられていたんで興味深かった。さすがに大学の説明らしくてかなり細かい。早稲田は土器の文様には非常に強いようですなwww
けど、さっきも書いたように、そんなに驚くようなものではなかったし、常識の範囲かなと思う。確かに弥生土器は、かなり薄く、形は整っていて優美で、実用性も高いものと思われるが、直前に見た神川の、後期のよくできた縄文土器とほとんど違いはないように私は思う。
詳しくは書かれていなかったが、弥生土器は大陸の影響を受けていて、場合によってはろくろを使っているのかな。底面が平らになっているのでね。それは美里の須恵器のところで知ったが、まあその点でも同様のことが言える。つまり、後期の縄文土器は弥生土器によく似てるし、よくできた弥生土器は須恵器に劣らない精度がある。
土器の年代の確定には、様々な手法があり、確かなものなのだろうけど、土器が出てるからと言って、その村での生活までがみな同様かといえばそうではないかもしれない、というようなことを思いました。神泉で弥生土器が出ても、なかなか稲作文化が普及してたとは考えにくいと私は思う。土器やその製作技法は伝わっていたかもしれないが、稲作が普及して、典型的な弥生文化が広まっていたかというと、それは別の話かなという気はする。程度の差・地域差はかなりあるのが現実ではなかったかと思われるけどね。
例えば、古墳時代はあとに時代になるわけなんだが、埴輪の焼け方なんてのは、弥生土器や、もっと言えば縄文土器よりも一般的に言って悪いといえると思う。まあ大差ない。なので、何をもって進歩というのかは一概には言えない。埴輪の焼き物としての価値はそれほど高くないといえる。意味は重要だけど、質はね。一方で、古墳時代には、須恵器のようなもっと精度の高い焼き物が存在してた。
だから、私が思うには、今も昔もそんなのがあって、現代ならより一般社会が進歩しているのかといえば必ずしもそうとは言えない。縄文よりも弥生、弥生よりも古墳時代の社会が、必ずしも進歩してるとは一概には言えない。確かに一部の専門技術は進歩してるかもしれないが、大多数の一般人の生活は、極論したら、縄文時代から変わってないし、何ならむしろ退化してるかもしれない。現代人は縄文人よりも優れているのでしょうか?上手に生活しているといえるのでしょうか?私は疑問に思いますね。糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞 糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞 糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞
まあ古代のこのような遺品を見ていると、そういうことを考えされられます。縄文土器ももちろん、初期から素晴らしいものが存在してますね。誰があれに匹敵するものをそう簡単に作れるというのでしょうか。天才の技というべきものです。それに勝る天才が現代にはいると断言できるでしょうか?いないと私は思います。むしろ古代のほうが多くいた可能性が高いのではないですか?人口密度・確率論的には明らかにそういえますね現代人は糞です糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞 糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞 糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞
まあそういうことをいろいろ考えさせられるので、このようなものを見ることには意味があり、驚きがあると私は思うわけです。
また通説の学説や教科書の知識にも嘘偽りが多いです。教科書や高校レベルの研究に多くの複雑な情報を入れることは難しいでしょうが、それにしても、土器や古墳の説明に関しても、あまりにも雑で、真実ではないことが多すぎる気がします。偏りがあります。
それは政治なのですね。政治を排除することはできないのが現実でしょうが、真実を知り、日本と日本人の真の姿を思い描くためには、そのような偏向や差別を可能な限り排除して、ありのままの姿を再生できるような洞察力が必要になると私は思いますね糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞 糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞 糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞
ので私も、それを磨くべく、いろいろなものを見て回っているところです。それには、別に奈良や京都に行かなければならないわけではないです。もっと地元の手近なところにも、いくらでもその材料は転がっています。日本中に同様の遺跡があって、同様の政治的偏向と差別を受けてきています。それを取り除くようにして、ありのままの証拠を見れば、真の日本の姿が見えてくると私は思いますね。
* バイクとか リボ再生工場糞糞糞 シマノのホイールはよくない😢
バイクは引き続きТ号。最初についてきたホイールにこだわってるとこ。
で、そのグリスアップにてこずってると書いてきたんだが、ついにその原因を突き止めた。そしてうまく解消できた。
それはやはり、ダストカバーだね。悪の元凶です。糞です。売国です。全廃すべし極論する野人(`・ω・´)
まあフロントをやってたんだが、元々かなり渋い動きをしてて、それを玉当たり調整でごまかして使ってたんだが、今回俺が無理やり外したことで悪化したようだったwww
けど、どうも最初からおかしくて、緩いのに引っ掛かるという妙な症状があった。まあまあ事故ホイールなんだから仕方ないと思ってたんだが、虫食いがあるわけでもなく、どうもその原因が、例のシマノお得意のダストカバーにあるという悪寒が確信に変わったんで、今回すっきりさっぱり排除することにいたしましたね糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞 糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞 糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞
まあ不幸中の幸いというか、俺が無理に外したことで、少し歪んでしまったのはわかってたんだか、結果的にはそれが問題を悪化させたらしかった。ということはやはり、その部分でベアリングに抵抗が出てるということらしい(´・ω・`)
何度やっても緩んだり狂ったりしてたんだが、やはりそこしかないということで、汚染のリスクはあるんだが、今回全廃することにしましたね全否定野人(`・ω・´)糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞
そして結果は、最高ですね。完璧です。これが本来の姿ですね糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞 糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞 糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞
もう何も書くことがないほど完璧に回復しました。まあ当たり前だけどね。普通のボールベアリングホイールに戻ったというわけですから。緩みも狂いもありません。
問題は、カバーがなくなったので、汚れやすいということだが、まあ例によって、たっぷりグリスを盛って、幸いにというかこのホイールにはシマノお得意の樹脂のおもちゃカバーがついてますんで、汚染のリスクももともと低くはなってますので、これでいいのではないかと。私はまめに整備しますし、いつも状態をチェックして、再グリスアップする覚悟でおりますので、これでいいかと思います。
まあおかげでパフォは完璧ですね。恐ろしいほど軽くてよく回りますね。まあこれが本来の姿なんですけどね。
まあベストの状態は今までと変わらない。状態のいい時もあったから。でもそれがずっと持続するというわけですね。以前はダストカバーのせいで変な抵抗が出たり狂ったりしてた。
外して完全に直るかどうか確信は持てなかったが、治ったので、単純にそういう問題だったようだ。そこにすべての悪の根源がありました。糞ですね。ダストカバーさようなら永遠に( ・ω・)ノ~~
まあもうやるしかなかったのでね。だめならあきらめたが、例によって、起死回生の一撃となりました。50%から100%に大逆転ですな。怪我の功名しかない野人糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞
これからも〇マノの糞ダストカバーを見つけたらことごとく外していく所存でござりまするなりけり候!糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞 糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞 糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞
おかげで、ヒルクライムホイールの問題が解決した。このホイールは元々軽いし、ハイトが低いから、Т号、あるいはF号のヒルクライム用のホイールに最適かなと思う。今、E、H号でヒルクライムに行くときに使う軽い汚いホイールよりも一段も2段もいいものなんで。まあヒルクライムは結局脚力なんだけど、装備としては明らかにいいものなんで、これはТ号F号にはふさわしい存在だ。なので悩みが解決して嬉しい。もう基本的にはずっとТ号はこれでいいんだけど、そういうわけで少し軽すぎて落ち着きがない。平坦ロングの時は、いわゆる詐称エアロホイールのほうがいいと考えられるけどね。そっちは候補はいくらでもあるwww
ので、まあそれがうれしすぎて、喜びすぎてしまい、バッグを背負ってくのを忘れたwww それに気づくのにびっくりするほど遅れた。
神川の遺跡は数が多いので、手元のパンフレットを見ながら位置を確認してたので、出てくるまで手に持っていた。いざそれをしまって乗り出そうと思ったときに、初めてバッグをしょってくるのを忘れてたことに気づいたwww 我ながらここまで忘れ物に気づくのに遅れたのは初めての経験でした。一時間以上たってたねwww リボ史上最長のノリ突っ込みとなりましたねwww しかもバッグを丸々忘れてくるなんてwww 鈍すぎ歳だね(´・ω・`)
言い訳すると、そのようにホイールが気になってたし、まだ冬用ジャケットだったんで、軽いバックだとしょってる感覚が全くないのでw、まあその時まで本当に気づかなかったんだけどね。まあホイールよみがえったからすべてよしですwwwマジで〇マノは糞糞糞 糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞 糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞 糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞
のでもうホイールに尽きるw 気に入ってたのに様子がおかしかったので、本当に惜しかったんだが、やっと本来の能力を発揮し始めました。俺はマジで9清酒?救世主メシアメサイアーオエイシスーwww糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞
俺は正しいことをしてると思ってるよ。邪道なことをやってるのは〇マノのほうだと思うけどね。どちらが勝つでしょうか答えは明白だと俺は思ってるさようなら( ・ω・)ノ~~