まあまあ私、糞クズだと自称してるんで今更断りも必要ないとは思うが、間違った印象や偏見を植え付けるつもりはないし、それは避けたいんで、重要な間違いについては訂正しておきたいと思います。

(どのカテゴリーに入れるかむずいね(・ω・;) 日本史作るか。)

 

 まあもちろん専門家でも何もない一素人ですし、そもそも日本史はあまり得意じゃないんで(・ω・;)、まだ入門者初級者に過ぎないんだが、それでもついつい語りすぎてしまう上から目線おしゃべり好き野人なんで、これからもこういう行き過ぎた発言が多くなるかと思いますが、悪意はないつもりなんでw、大目に見ていただきたいかなと思いますね。まあ言論の自由の範囲内でと注意はしておりますが。

 

 で、まあまあ神の言ってきたことなんで大方間違いではないんだがっ(`・ω・´)、一部勘違いというか、偏見とか迷信に近いものがあったんで訂正しておきたいと思います。まあそれは、この前方後円墳の普及やその影響力について、そもそも西側勢力にそういう偏向があるから、あるいは研究などにおいても古来からの因習のようなものがあって、それが根強く残っていて、それが俺の観察眼にも曇りをもたらしたといえる。責任転嫁する野人糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞

 

 それでまあ、私は神なんでそういう怪しさに自ら気づいて孤高の神ボッチ野人(`・ω・´)、いろいろ調べて確認していたわけです。

 

 それで話を端折ると、結論的には、余り方位と大和政権の政治力には関連性はない、ということのようだった。

 

 しかしながら、古墳の向きに重要性がないということもあり得ない、というのは事実。しかしそれには必ずしも大和政権の力は働いていないように俺も感じた。何故か俺にはそう刷り込まれていた。偽情報をどこかで見たのかもしれないと思う。

 

 そして私個人的な経験も多分影響している。一番は、さきたま古墳の大型前方後円墳はそろって南西を向いているから。

 しかし、これ埼玉だと間違いやすいのかもしれないが、情報を確認したところ、この向きは富士山を指示しているということだそうだ。これには一発で納得した。そして俺が間違いだということも_| ̄|○糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞 申し訳ないm(_ _)m

 

 埼玉辺りだと、大体南西方向でそういうものが重なってしまうのがあり、先入観が入り込んでしまうのだと思う。

 で、富士山に対する信仰というのは非常に根強いものがある、というのも、たくさんの浅間神社などを回ってきて痛感してる。関東平野からは大抵よく見えるからね。富士見という地名も無数にある。(・ω・;)

 

 ので、私が思ってたほど、古墳はヤマトの方向を向いてないということのようで、そういう観点で物事を見るのはかなりの間違いの可能性が高いということで、私も認識を改めたし、風説を流布してしまったとしたら申し訳ないm(_ _)m オウユダ社会では許されることだけどね糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞

 

* そもそも論

 

 ということは、そもそもこの前方後円墳を、そんなに政治的な支配と結び付けていいものかという疑問も浮かぶけどね。単なる流行に過ぎなかったんじゃないのかという気がするね。その程度のものという可能性はある。所詮土人ホモサピエンスのやることだから。

 

 なんとなくかっこよかったから、新しかったからw、という程度のものかもしれない。それをやたらと権力構造に結び付けるのは、これは例の後代の政権の洗脳というか風説の流布の可能性はありますね、まあ土人の世界では許されることなんだろうが糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞

 

 そのように西側政権・大和政権の系譜を引くガチの保守勢力はそれを強調しがちだ。そして事実、昨日も書いたように、それを補強する証拠ばかりを強調して、逆の証拠は隠滅する傾向がある。

 

 そういう作為のある状況で研究というものは始まるのが常だから、そういうスタート地点の状況をよく確認することは必要だ。私もよく、江戸幕府や明治政府によって改変されたそのような文化や国土の状況を、昔からの事実だったと誤解してはいけないと強調している。例えば江戸幕府の開祖の家康は偉大な人だったかもしれないが、それ以降の世襲の将軍は大したことはないと言っても言い過ぎじゃない。そのぐらい家康自身は傑出していたから。しかしなかなかそういう人物が一つの家系で続くものではないのは世の必然だ。

 

 ので、一応1945年までは天皇家・大和政権がずっとこの国を牛耳ってきた事実があるので、遺品や客観的な証拠にもそのように偏りがあるということを忘れてはいけない。彼らにとって不都合な証拠は隠滅されネグレクトされやすい。糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞

 

 まあこの古墳の話ならむしろ逆。改変しにくい・破棄しにくいから、昔の状況がよく残っていて、その後の建築物や道路の状況よりはむしろ客観性があるほうかもしれない。それで俺も古墳には意外に執着しているというわけ。

 

* リボの見解

 

 で古墳の向きに関しては、もっと個人的な理由が強いと思う。その被葬者の。それが許されていたんだと思う。仮に大和政権とのかかわりが、文化的・経済的にあったとしても、古墳の向きまで指定はなかったのだろう。それならそもそも形式に関してなかったかもしれない。たまたまかっこよく見えたからかもしれないという意見には反論は難しいだろう。新しいものは何でもかっこよく見えるものだ。中身はなかったとしても。糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞

 

 個人的な理由となると、かなり自由度が高くなって、それだけではなかなか判断は難しくなる。

 たとえばさきたま古墳だと、意外に富士山に対する信仰が強かったのだということは分かる。そのように、権力者の信仰の対象などによって色々なケースが考えうるのだろう。それはもちろん重要なことで、いろいろなことを示唆すると思う。ただしそれが、かなり個別的な事情によっているということになると思う。

 

 その中でかなり有力ないくつかの可能性が考えられて、ある程度絞られてくるというのはある。

 富士山は関東平野だとかなり有力な対象で、まあ例えば大和政権の位置よりははるかに重視されていたのは間違いないというわけで、本当にヤマト政権の支配が関東まで実質的にあったのかどうか、かなり疑わしいと言わざるを得ないかもしれない。

 例えば東征の話とかも、実態がどこまであったか疑わしい。記紀の内容などはもちろん大本営発表のようなものに過ぎないから、ちょっと回ってみてきただけでも、さも完全支配したかのように書かれており、内容には誇張や偏見が多数あるという可能性がある。実際には、松尾芭蕉のように回ってきただけかもしれないし、形だけ祠を置いて帰ってきただけかもしれないという可能性はある。

 

 (まあこういうのも、私はまだ初級者の戯言なんで、余り真に受けないでくださいませ。今後またいろんな資料とか見ながら、確認していきたいと思いますけどね。まあ物資の流れなどを見れば、経済的なつながりとか、その主客関係のようなものまでは把握できるかもしれないが、それが政治的にも当てはまるかどうかは簡単な話ではないだろうし、例えばその後の時代に比べると、はるかに平和的で形式的なつながりに過ぎなかったという可能性はある。)

 

 まあ私もいくつか小さな古墳を見たけど、そういう土着系のものは、向きも土着的なことが多いと思う。近くにある最高峰のような山の頂などを向いていることが多いと思う。

 あるいは自分の領地の中心部とか、出生地とかね。そこから離れた場所に墓が作られるケースは多いだろうから。そういう時に、権力者の個人的な都合で向きが決められるということも多々あったろうと思うので、まああまり深く考えても仕方ないといえるかもしれないけどね。まあでも、大きな古墳がそろって特定の向きなどを向いている場合、それには何らかの大きな意味があるという可能性はある。

 

 私が気にしてるのは、東向きの古墳や神社が時々あるということなんだけどね。南西方向は、意外に富士山であるケースが多いようだということが分かったけどね。まあしっかり確認しないといけない(・ω・;)

 

 ので、細かい情報が残ってないケースは、特定は難しくなるね。仕方ないこと。しつこく書いてきているように、不都合な証拠はすでに隠滅されてしまっていて、真実は分からない。なので逆に言うと、こういう妄想にも意味はある。否定はされないし、そういう状況証拠から真実を想定しないといけない、という側面もあるから。

 

 この糞S県の滅びゆく遺跡の数々を見ていると、残念ながら、そういう必要性を感じてしまうのでね。糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞

 

* まとめ

 

 ので、ちょっと偏見が混じっていたし、極右勢力の洗脳に染まっていた。事実としては、古墳は別にヤマトを向いてるわけじゃない。深く考えすぎないことも重要だ糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞糞

 

 ただし、いくつか重要な尊崇の対象はあって、そういうものには方向性が集中しているケースは考えうる。大きな山とか、古い神社などだね。分社などは本社のほうを向いているケースは多々あるだろう。

 

 私が現在気にしてるのは、関東で東方向を向いているものだ。あてになるものに思い当たらないから。深い意味はない可能性はあるけどね。でも、北関東で、東南東辺りを差している古墳や神社にはよく出くわす印象があるので、今後の課題かなと個人的に思ってるw モヤモヤするからね。

 茨城のほうかなという気はしている。

 まあでも、真東の誤差の範囲かもしれない。そのあたりはよくわからないね。

 それと時代もよく考える必要があるね。古墳時代と江戸時代だと、その間にかなりの年月があり、政権交代もある。宗教の盛衰もあっただろうから、簡単ではない。地形も変化するということもある。特に川がある地域とかはね。もちろん街道も変化して、地域の盛衰もある。

 

 のでまあ結論的にはあやふやになってるが、今のところそういうスタート地点まで、後戻りしたという感じですかねw 

 

 まあぼちぼち個人的に研究して納得したいと思う。そういうのが現代までつながっているし、もっと言うと私個人の人生にもかかわっている。私がこの後どこに行って何をするべきかということを考えるのにあたって、重要なサインになるからね。

 

(今まで思っていたよりも、東北地方や北国は重要性が増してきていると感じている。)