83日目【1-6】#3 | Riberry

Riberry

医学部を目指して代ゼミで2浪していた夏。
2008年8月~ 私の記録。
更新してたら生きてます。

皆さんは松村栄子著『僕はかぐや姫』という小説を知っていますか?06年に大学入試センター試験の本試験国語で、一節が出題されました。

登場するのは、自分自身を「僕」と呼ぶ、文芸部員の女子高生、裕生と尚子。

「自分を取り巻いている存在がうっとうしくてたまらず」、人間関係の煩わしさから離れて月(自分の居場所)へと帰っていくかぐやひめに憧れるふたり。彼女たちにある「たったひとつの夢は生まれなかったらという夢」で、「こんなにマイナス勘定の多い自分なら、いっそいない方が理にかなうと思い詰めて逃げ場所を捜していた」



消しカスはこの作品を初めて読んだとき、非常に不快で無性に腹が立ったのを覚えている。当時の私には彼女たちが全く理解できなかったし、意味がわからなかった。くだらない、馬鹿げているとも感じた。

だけど、消しカスはそれから数年後、彼女たちの思いや考えが少しわかるようになった。自分にいつも否定的で、存在する意味がないのに命があることが不思議だった。いつも隠れて泣いているくせに、虚勢を張って自分を偽っていた。

消しカスは、話しても伝わらないんだと思い知ったとき、そう必死に言い聞かせている自分を嘲笑った。そんなこと始めからわかりきったことだったのに、期待した自分の愚かさに笑った。

それからは、話しても仕方ないという諦めと、それでもわかって欲しいという願いの両極端を行ったり来たりしながら…今に至ります。


作品中にはこんなくだりがあります。

「誰にもそんな自分の思いがわかるわけはないとかたくなに思い込み、自らの内面を隠蔽に隠蔽を重ねて隠しながら、でもほんとうはかくも心弱き者なのだと叫ぶために言葉を書き連ねるという矛盾を犯していた。」


「わかってるよ」なんて無責任な同情をされるのが嫌で、敢えて自分から周りを遮断してしまう。だけど、心の中では本当の自分をさらけだしても存在を認めてくれる場所を求めていたんです。

文芸部員の彼女たちが詞や文章に思いを託したように、私もブログという居場所を見つけました。根本的な解決にはなっていないし、事態は何も変わっていない。だけどここに身を寄せることで、少なくとも今の消しカスには、ブログを更新するっていう生き甲斐があるんだ。

だから、消しカスはブログを見てくれてるあなたに本当に感謝してます。どうもありがとう。


…まとめるの下手だなぁ(笑)゛長くなって&更新遅くなってごめんなさいっ!