●その1 誰も知らない30歳の一大決心 | 橘りべか【旧ブログ→新ブログへ引っ越し中】

30歳で、私がオランダへ行くことになった

当時の転機となった出来事を綴っています


初めての方は、コチラからどうぞ。

↓↓↓

わたしがオランダに行った理由<プロローグ>




「産むことにします」この発言が、後にありとあらゆることに

どんな影響を与えるかは、そのときは想像すらしていませんでした。



当時、私は大手企業出資の教育施設に転職していて、

それまでの英語教育というキャリアの集大成的な仕事を

手に入れていました。


新しい施設を作る企業に、その立ち上げスタッフとして採用された私は、

英語教育プログラムに関するすべての決定権も同時に

与えられていました。


これは、現在でもそうなのですが「立ち上げ」として今でもお仕事で

関わりにならせていただくことが不思議と多いのです。


どの企業先でも「自由にしていいよ」とおっしゃっていただくのです。

私はその言葉を当時も、「信頼されている証のお礼」として

一生懸命返そうと働いていました。


どんなスタッフを採用するか、プログラムをどんな風に組んで仕掛けるか、

設置する備品の発注ににいたるまで、連日書面を確認したり

アメリカとのメールのやり取りのコーディネートをする多忙な毎日でした。



橘りべかの【絶対ある!33歳からの天職へ転職の法則】~3秒ルール直感力で人生を切り開く方法教えます~
ハロウィーンWEEKで、仮装しながら

CANDYに囲まれて仕事をしているところ


当時の関西にはまだなかった、算数、科学、体操、音楽、図工など

学校で習う教科をすべて英語で教育し、子供たちの能力を引き出して

世界に活躍する国際人を育てようというテーマで始まったスクールです。


今でこそ、そのようなスクールはあちらこちらにありますが、

当時はまだ珍しく、各方面から取材や視察など、

地元ではいち早く話題になったのを覚えています。


特に私が入念にコーディネートしたのが、教室の中のすべての配置です。

まるで、日本にいながらアメリカの幼稚園や小学校にいるような

別世界のようなデコレーション・配置に徹底的にこだわりぬきました。


それは私にとってもっとも楽しい作業で、頭の中で思い描いている

イメージをひとつひとつ細部にわたるまで形にしていくことは、

絵を描くことに似ていました。


小さい頃から、人見知りのはげしかった私は、自分の思いを

表現することがなかなか上手ではありませんでした。

しかし、そんな私でも唯一の表現方法が絵を書くことや

工作をすることでした。


言葉はうまく出てこなくても、思っていることや感じていることを

目に見える形で表現することのほうが当時の私にとって、

とても容易だったのです。


運よくそれを、周りの大人や先生達からほめてもらって育った私は、

今度はもっとみんなに「びっくり」してもらいたい為に、

とてもよい方法を思いつきました。


その2 誰も知らない30歳の一大決心 ・・・につづきます・・・




ペタしてね