「誰かいるのか?」
「しっ…静かに!」
恐る恐る窓を覗くシレイス。
「あ…」
そこにいたのはレナンだった。
ハージンの気がラリスと同じだと言ったあの少女だ。
窓から光が漏れていたのは、調理をしていたからだ。
それまで気づかなかったのが不思議なほどいい匂いがしていた。
「レナン?」
窓を叩くディエマ。
だが、重要な事を忘れている。
「きゃ……」
レナンの手が止まり、恐怖の表情を浮かべている。
「レナン?どうしました?」
シレイスも気づかない。
「おい、どけよ」
ハージンが気づいた。
二人の間に割って入り、申し訳なさそうに手を合わせると、
「ごめん!!いろいろあって、こんな顔だけど、シレイスとディエマ!!」
聞こえるように大きな声で言う。
そうだ。二人ともボッコボッコな顔…
窓から不気味な顔二つ…
そりゃ、固まるわ…
まじまじと二人を見つめるレナンの顔の不安が徐々に解けていく。
ホッと、一息ついたのがわかった。
持っていた調理器具を置いて、フライパンを火から外すと、部屋の奥に消える。
すぐに玄関のドアが開いて、
「もう、ゾンビが来たのかと思ったよ!!」
元気な声が聞こえる。
しかし、気づいてしまう。
「うそ…」
信じがたい事実に再び固まる少女。
そっと置かれたシドの亡骸…
気を感じ取れる彼女には、それがシドであって、シドでないと解ってしまう。
受け入れがたい事実…
しかし彼女の第二声は…
「やっぱり…」
その声は小さく、聞き取りにくいものであったが、ハージンの耳には間違いなくそう聞こえた。
(やっぱり…?)
違和感を覚えるハージン…
咎めようとするが、
「あ、あのよ…守れなかった…逆に助けてもらっちゃう始末でよ…」
バツの悪そうなディエマの声に遮られる。
「レナン…シドは…」
バードが見えない事や、村の消えた理由…なぜ一人なのかを聞きたかったが、まずは冷静に、シドの死を説明する時間をとらねばならなかった。
苦しい時間だが、その場に居た誰一人、不思議と涙を流さなかった…
弱い心と、決別するって誓ったのだから、当然と言えば当然の三人。
だが、レナンは?
村の長であり、兄と同等か、それ以上の存在であるはずのシドの死を受け入れていた。
まるで、知っているとでも言いたげな顔で、表情の変わらない少女に、違和感しかわかないハージン。
「シドは、私たちが生きる方を選んでくれました」
「そっか…」
「シドの剣さばき、あれは凄かった」
「どんなに凄くても、油断して負けちゃったら、自慢にならない…」
「レナン…」
「悲しくないのかよ…てっきり泣くもんだと…」
「ディエマと違って、私は大人ですから~」
無理してる?
いや、違う…
何故、こんなに違和感が…
「自分より十以上も歳離れたおっさん捕まえて何言ってんだか…」
「見た目だけっしょ?中身コドモォー」
んだと!!
言いかけたディエマの動きが止まる。
「何か焦げ臭くね?」
「あ!いっけない!!!」
急いで小屋に駆け込むレナン。
匂いの正体は、燃える勢いの増したかまどから、噴き出た炎が、外したと思ったフライパンの淵を温め続けていたため、中の野菜が焦げたことによるものだった。
「あぁ~あ。せっかく美味しいのが出来かけてたのに…」
焦げてしまった野菜とパスタ。
あえれば完成と言ったところ…
「お、どれどれ…」
ディエマがつまみ食いする。
「うめぇ…」
絶妙な塩加減。
野菜の甘味のあるスープとあいまっていいアクセントになっている。
お焦げもいい感じ…?
「くれっ!!!」
と、ディエマ。
いつもの慣れた会話らしい。
ハイハイという感じで応じるレナン。
クスりと笑うシレイス。
「まだ材料はあるんですか?」
「うん。みんなが来ると思ってたくさん茹でてるから…」
「それはそれは…」
「ディエマはコレで十分でしょ!!」
「おいおい、残飯係かよ!!」
食欲を満たせるとあって、意気込むディエマとシレイスだが、
(みんなが来る?)
どういう事だ?
村のみんな?それとも…
先ほどから増幅し続ける疑惑が益々大きくなるハージン。
が、なかなか切り出しにくくなったのも事実…
長年の付き合いがあるディエマたちとは違う。
下手な事は言えない…
シドの埋葬の間も、その疑惑を口にするべきか迷った。
だが、結局迷うだけ迷っただけに終わる…
「よし、シドの弔いも済んだし、飯メシ!!!」
「ちょっとぉ、あっさりしてるわね!!もう少し、悲しんでも…」
「弔いなら済ませてる…」
咎める様なレナンに向き直るディエマ。
不満そうなレナンに更に続ける。
「ここに来るまで、泣きに泣いた…」
目を見開くレナン。
それほどまで、ディエマが泣くというのはあり得ない事なのだ。
「そして気づいた。メソメソしてたって、何も始まらないってな」
神妙な面持ちで話してるつもりのディエマだったが、
ぷっ…
またしても吹き出されてしまった。
「その顔どうにかならない?血の付いた顔で言われても…ねぇ」
ボッコボッコの顔に、生傷があって、乾きかけの血のりが付いていた。
そんな顔でいくら良い事を、言っても様にならないという訳だ。
ハージンに拝むような顔で向き直るディエマ。
「お~い、ハージン頼む」
「知らんと言ったはずだが…」
ブスッとした顔になるハージン。
すがるような声が飛ぶ。
「そんなぁ、頼むよ」
「無駄な暴力、はんた~い。だいたい、俺の事なんだと思ってるんだ?」
どうやら、治癒の能力を当てにして、派手にやらかした二人への戒めで、今まで治してなかったらしい。
「すみません。こいつ(ディエマ)には、よぉおおおく言って聞かせますので、お願いできませんか?」
シレイスの頼みに、だんまりを決め込む事数十秒…
チラッと開けた目線の先に、眉太オバケゾンビよろしくかしこまるディエマに吹き出すハージン。
「このやろ!!人がこんなに頼んでるのに!笑うとは何事か!!」
「わりぃわりい…でも、人間の顔って、こんなに膨らむもんなんだなって思ってさ」
笑いの止まらないハージンに、憮然とするディエマ。
「まあ、まあ、もとはと言えば、私たちが悪ノリしたのがいけなかったんです。そうですねディエマ?」
シレイスの言葉に口を尖らすくらい険しさを増す表情。
「あ?悪ノリだ?悪ノリであんなの出すか!!?てめぇの方こそ悪ノリしてたんじゃないのか?」
「元はと言えば、あなたが本気でなぐりかかってきたからでしょう?」
「なんだ!俺が悪いってか?」
「そうです!!あなたにはもっと場の空気ってものをですねぇ…」
なんだか、また不穏な空気が…
「あぁ、もう、いいって!!!」
再び勃発しそうな喧嘩を止めるべく、一喝するハージン。
「治すから、そこに並べ!!」
あっという間に腫れが引き、元の顔に戻るのを目の当たりにして、目を輝かすレナン。
「すごい…やっぱり神殺しってすごいんだね…」
「その神殺しってのやめてくれないか…」
「え?でも、神を超える能力を持ってるって感じですごくない?」
「ばーか。ハージンが言ってるのは、そんなんじゃねぇ」
「そうですね…あまり良い呼び名とは言えません…」
「そう、たとえ、神であろうと、化け物であろうと、そのものの命を奪った…そんな事を褒めたたえるかのような呼び名だからな…命への冒涜に聞こえる」
「そっか、確かにそうだね…」
「そんなのいいから、いいから!!さあて、食うぞぉお!!」
もみ手するディエマにシレイスの待ったが入る。
「待ってください!!私の顔も戻してからにしてくれませんか?」
そういえば、まだディエマしか治って無い…
「フゴフゴ、そうだった。そうだった…」
「ちょっと、もう、食べてる~」
「いいだろ、俺の…んぐ、なんだから」
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シレイスの治癒が完了し、順次運ばれるパスタ。
その間も、微妙にレナンの様子がおかしいと感じる。
ハージンの中の疑惑が消えることは無かった。
~続く~
