ただひたすらに広がる闇…

一人の若者がいる。

彼の名はハージン・デュエル。

 

彼は今、絶望と危機にさらされていた。

その左腕からは、おびただしい量の血が溢れている。

切り裂かれたような腕の傷は正視に堪えない状態だ。

 

激しい出血にめまいを覚えるハージン。

膝をつき、ちぎれそうな腕を抑えながら彼は言った。

 

「何故だ…」

絞り出すような彼の声に答える声がある。

「何故…?わからぬか?お前はもう、いらない存在だからだよハージン!!」

 

男の声だ。

声を聴くまで気配を全く感じなかった。

異様な存在…
憎しみの籠ったその声は怒気を発しながら闇の中に響く。

 

「私の勝ちだ。神などいない。所詮貴様は人…永遠たる存在

である我を超える存在では無かったという事だ!!」

勝ち誇る男の声は若かった。

 

しかし、闇に紛れる姿に青白い炎のような光を帯びる眼光以外、何者であるか推し量る術は無い。

 

「死ね…」

冷酷な宣告と共に、空気を切り裂く轟音。

あっと言う間も無く空間に溶け込むように消えるハージン。

 

「お前には、闇こそ相応しい…」

ニタリと歪む唇。

わずかに光のあった場所が黒く染まると、そこには深く黒い闇が広がった。

 

バサッ!!!

 

慌てて飛び起きるハージン。

そこはベッドの上だった。

腕の傷が無くなっている。

 

状況を理解しようと努めるハージン。

「夢…?俺は一体…」

あたりを見回すが、狭い寝室にドアが見えるだけの殺風景な部屋。

全く見覚えのない場所だった。

 

ガタッ

 

不意にドアが開く。

「おぉ~~起きてたのか!」

突然入ってきた赤い長髪を首の後ろでくくり、腰に剣を携えた戦士風の細見でスラっとした青年にビックリするものの、

「あ、あなたは?」

何とか気持ちを落ち着かせ尋ねる。

 

「俺はシド。ここアゼク村のリーダーさ」

「アゼク…村?」

初めて聞いたはずなのに、まるで知っているような違和感を覚えるが、不遜な表情を浮かべるシドに、なかば慌て気味に会話を再開する。

 

「俺はハージン。あの…俺、どうしてここに…」

「何も覚えてないのか?君は村の近くの森で、倒れていた。ここに運ばれたが、ずっと意識は戻らなかった。今の今までね。三日前の事さ」

「三日!!」

 

「心配したんだぜ!揺すろうが叩こうがピクリとも動きゃあしないんだから…」

説明するシドの声に声が重なる。

「シド~~~!!!」

 

近づく声に続き、

バン!!!

叩きつけるように開かれるドア。

 

息も絶え絶えに若者が入ってくる。

「大変だ!!アベナとカルがやられた!!」

「何!!」

「何かわからねえが、あっという間に倒されちまって!変な術使うんだ」

 

「術だって?何を言ってる?」

「とにかく大変なんだ!やべぇ!急いで来てくれ!」

「あぁ、分かった!ハージン君!悪いがちょっと待っててくれ」

 

「待って!あんた達じゃ…」

敵わないと言い切らぬ内にシド達は行ってしまった。

 

「敵わない…敵わないって言った…?何でそんな事を…?」

まるでデジャビュ(既視感)のようなものを覚えるが、それよりも彼らに危険が迫っているという思いがハージンを動かしていた。

 

 

「お前が仲間を殺した奴か?」

何人もの男たちが倒れ伏している。

シドが言うのも無理は無かった。

 

森の中、村の入り口で対峙する今にもマジックショウでも始めそうな奇抜な服装のその男は、槍など武装した村人に囲まれているのも意に介していないかのように不敵な笑みを浮かべながら答えた。

 

「人聞きの悪い事を言うな。殺してなどいない。魂を閉じ込めたまでだ。この水晶にな」

 

これまたマジックショウに使われそうなステッキの先についた透明な玉を指さす。

その眼光は黒く残忍さを帯びていた。

 

「クッ…何を言ってやがる!」

「その話はいい」

怒りも露わなシドの表情には目もくれずに男は続けた。

 

「この村には珍しい宝剣があるそうだな?」

「フンッ、ファリエスの宝剣の事か?ありゃ、もう俺たちのものじゃねぇよ」

男の目的がわかったシドはうんざりだと言う表情だ。

 

そんなシドの表情を見ながら、男は思案している。

(嘘はついていない…)

まるで心を読んでいるかのようなセリフだ。

 

「では、誰のものだ?」

再び集中を高める男の視線だったがそんな必要は無かったようだ。

 

「ここへ来る途中に湖があったろう?その近くに住んでる魔女が持ってるよ」

「ククク…面白い…こうもあっさりと情報を教えるとは」

ニヤリと満足そうな男…しかしすぐに表情がこわばる。

 

「あんたじゃラリスは倒せんよ…俄然無理な事さ」

あざ笑うようにシドが言った瞬間だった。

 

「無理かどうか───」

怒りの表情とともに水晶の光る杖を振り上げた男の手が止まる。

「その身をもって知るがいいぃ!!!!」

高らかに男の声が響くとともに、空間が振動する。

 

圧力が全身を貫く!!

そうとしか表現しようのない感覚が男を取り囲んでいた全員を襲った。

 

バタバタと次々に倒れるシド達。その体から煙のような光ともしれないものが浮き出ると、次々と男の持つ水晶へと吸い込まれていく。

 

そんな中、一人倒れずに不思議そうな目で自分の手の平を見ながら立っている者が居た。

ハージンだ。

 

「なんだ?この体の痺れは…?」

「ほう、俺の魔力に対抗しうる奴がいたとは…」

クールな表情とは裏腹に、

(馬鹿な…!!手は抜いていない…完璧な呪文だったはずだ!!何だコイツは?)

 

心の中の男の焦る声。

そんな焦りを見抜いてか知らずかハージンは冷静だった。

「シド!!みんな!!!!なぜ殺した!!殺す必要なんてないだろう!!」

 

「必要な情報を得た。こいつらは用済みだ」

心の焦りを隠しつつ男は続けた。

「そんなにこやつ等が惜しいか?」

「この人達は見ず知らずの俺を助けてくれた!!」

 

「くだらんな…」

 尚も警戒を緩めない視線を送りながら男は言った。

「お前にいい事を教えてやろう。三日…いや、二日かも知れぬが、この水晶を壊せばこやつらは助かる」

 

「それは本当か?」

「あぁ、ただし条件がある。お前がファリエスの宝剣を取ってこい」

 

「魔女と戦うのが怖いのか?」

「ふん、今この場で倒れなかったお前が使えるならそれでいいというだけさ。無駄な傷を作らずに済むならそれに越したことは無い」

 

「随分と勝手な言い分だ。お前と戦ってその水晶を取り戻す方が速そうだ」

言うが早いか蹴りつけるように前へと出るハージン。

と、その足は空を切っている。

 

男の姿は無く、少し離れた場所に移動していた。

「二日だ。二日後ここに剣を持ってこい!!」

「聞けるか!!!」

 

二度空を切る脚線。

「消えた…」

気配の消えた空間に男の姿は無かった。

            ~続く~