第十二話

 リエーヌは、再びペンを走らせる。
 
“どうして、私の歌ってるメロディが、わかったの?”
 
 僕は、少し得意顔になっていたかもしれない。
 
「何とか、漏れ出る息を、一つ一つ聞き取っていって、リズムとってみたら、大体の音の形が見えた。それで自分なりに、メロディつけてみたら、当たってて…ま、たまたまだったけど…最近まで、全くわかんなくて苦労したよ」
 
“なんで、そこまでして、私の歌を理解しようとしてくれたの?”
 
 理由を尋ねられ、すこし、ドキリとする。
 何か、見透かされてるような気分だった。
 
「え?そ、そりゃあ、何を歌ってるのか、気になって…」
 
 しどろもどろに返答してると、思わぬところから、声がする。
 
「違うね。声なき美女に、恋をしたんだろ?」
 
 レイニだった。僕らの座る後ろで、覗き込むように立っている。
 
「あんまり、長く帰ってこないもんだから、このコにフラれて、自殺でも考えてんじゃねぇかって思ってさ」
 
「ハ?バカ言うなって!自殺なんて、怖くて出来るかよ」
 
「それもそうだねぇ…なんせ、アスリムだもん♪」
 
「どういう意味だよ!」
 
 それは、リエーヌが居るのも忘れて、普段通りの二人の会話を始めた瞬間だった。
 
「ハハ…」
 
 笑った?
 僕もレイニも、顔を見合わせる。
 そう、確かに聞えた…確かに!
 
「い、今、笑った?声、聞こえたよ?」
 
「私も、確かに聞いた!」
 
 口を開きかけるリエーヌ。
 しかし、逡巡(しゅんじゅん)し、首を振ると、ペンをとる。
 震える手…
 
“私も、びっくりしてる、、、今まで、あんなにハッキリと、声は出た事なくて。いつも、息の漏れ出るような、笑っても、破裂するような、音ばっかりだった”
 
「な、なあ、こんにちはって、言ってみて!」
 
 少し、興奮気味な僕の言葉に、戸惑う様子のリエーヌだったが、意を決したように、思いっきり息を吸い込むと、声を出そうと試(こころ)みる。が、
 
「ごっ…ふん、ひは!」
 
 出てくるのは、割れた様な空気音のみだった。
 
「こんちわ!!」
 
 落ち込む彼女に、僕は、間髪入れずに、再び言った。
 彼女にとって、チャンスなんじゃないか?
 そんな気がしていた。けど、
 
「ほふんひは!!」
 
 出たのは、変わらぬ破裂音。
 
「う~~ん。でも、声をだす、きっかけには、なったかも…」
 
“今までよりは、全然良いと思う。出てるには出てる、、、かも?”
 
 横で見ていたレイニが言う。
 
「まあ、気長にやるしかないよ。今まで、出そうとしても出なかったのが、いきなり出るんだったら、苦労はないけどさ。明日から、私らも付き合ったげようじゃないか!な、アスリム?だから、一緒にがんばろう!」
 
 ??という表情のリエーヌに、僕は言った。
 
「がんばろう!」
 
 手を差し出すと、彼女はその手を握って、何回もうなづいて、こう書いた。
 
“ありがとう”
 
 
 その日の夜、僕はレイニに、彼女の事を話した。
 
「ふ~ん。なんか、複雑だね」
 
「あぁ、しゃべりのスランプなんて、初めてだし、どうしたらいいか…」
 
「おいおい、あんたがそんな事で、どうするんだよ?」
 
「あぁ、そうだな…でも、どうやったら、一番いいんだろう?今まで、かかさず練習してたんだろうから、大したスピリッツの持ち主であることは、間違いないんだろうけどさ…」
 
「ま、アスリムが付いてりゃ、きっと、うまくいくさ。なんたって、あんたは、伝説の男だかんねぇ?」
 
 ニヤリと、からかうような眼をむけるレイニ。
 冗談ぽく言われたのだったが、言われた当の僕は、適当に受け流せずにいた。
 
「伝説の男か…どうだかな…彼女には、言わないでくれよ?気負っちまうからさ…」
 
「あ、あぁ、勿論さ。あ、そうだ。それより、こないだの検査は、どうだった?」
 
 暗くなりかける僕に、レイニは慌てて話題を変える。
 まあ、これも、気持ちの下がる話題だったが…
 
「あ?あぁ…こないだのだろ?軽い、ショック症状だってさ…」
 
 ふ~ん。と、しっくりこない様子のレイニに、僕は、付け足すように言った。
 
「問題ないって!!」
 
 この言葉に、少し考えた様子のレイニだったが、わかったと言って、自分の部屋へと戻っていった。
 この時、レイニは考えていたはずだ。
 
(嘘つくのヘタね…)

 


 
 
 続く